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ノーベル賞
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解題 本小論は、日本初の建築史家としてしられる伊東忠太(一八六七~一九五四)が明治二七年(一八九四)に公表したものである。「造家学会(現日本建築学会)」(明治一九年創立)の「建築学会」への改名を望んだものである。当時同学会の機関誌は『建築雑誌』であり、ARCHITECTUREの訳語については「造家」「建築」とに分裂し、錯綜をきわめていた。それを伊東なりに整理しようとした意図が背景に潜んでいる。いずれにせよ日本におけるARCHITECTUREをめぐる概念規定の、本来的なずれを鮮烈に示すものであり、きわめて興味深い内容である。なお本論は、編集出版組織体アセテートにて発刊予定の英語版・アジア建築論のために、中谷が現代語訳したものである。 同論で伊東は、造家/建築の項目に学/術を掛け合わせたマトリックスで論を展開している。その結果、「造家」「建築」ともARCHITECTUREの真正の訳語足りえて
ジャック・ラカンの生誕百周年・没後二十周年にあたる今年、『他なるエクリ』と題されたラカンの論文集(ミレール編集)が出版された。 『エクリ』前後の論文や「フロイトの大義派」の声明を収めたこの論文集は、一面でラカン派精神分析の生成と発展をたどる資料集の性格を持つ。たとえば、1947年の論文、『イギリス精神医学と戦争』は、大戦中のフランスの集団的「不安」と「想像的逃避」に対置して、総動員態勢下のイギリス軍内での「民主主義的」な改革と・それがもたらした隊内での規律の向上を論じたもので、その後精神分析再考へと進むラカンの端緒に戦後民主主義的な「秩序」への志向があったことを窺わせる点できわめて興味深い。ラカン派精神分析のヴォキャブラリーは日本でも既に定着した観があるが、『他なるエクリ』は今後、彼の理論が持つ歴史的な限定についても一層の検討を促すだろう。 だが、この論文集の本領は、『エクリ』以後のラカン
近代劇場の形成 ──今日は現代における劇場の可能性から、具体的にこれから大阪で催される仮設劇場について話をしていただく予定ですが、まずは劇場という制度の成り立ちについて美術の側から見た視点で伺いたいと思います。美術館という制度が出来たのは近代に入ってからですが、舞台の劇場史ということを考えたら、ギリシャを含めた劇場の歴史の方がずっと古い。その辺りから同質的な部分と違いについて簡単に話してもらえますか。 【岡崎】 一般的に、オペラなどの成立に代表されるようなプロセニアム型の劇場スタイルが定着してくるのは、バロック以降つまり17世紀以降だと言われているんじゃないでしょうか。正面に舞台があって観客がそれに向かって集中し鑑賞する、音楽でいえば、指揮者にオーケストラもまた観客の関心も集中するという形式が成熟するのは18世紀以降。いずれにせよ、現在、見られる劇場の基本的スタイルはやはり近代以降生み出さ
論理的であるとはどういうことか。芸術作品において(あるいは人間の行動それ自身を含む、人間の文化すべてにおいて)論理とはいかなる働きを持つのか。暫定的な目安をあらかじめ書き記せば、論理とは、空間的位相に時間的な階層を持ち込むこと。あるいは時間的な位相に空間的な階層を持ち込むことにほかならない。「二つの場所に同時に立つことはできない」と「時間を巻き戻すことはできない」という二つの文は、論理がまとう階層性を端的に示している。 例えば、「人間は死ぬ 草は死ぬ ゆえに人間は草である」という論理の誤謬は、死ぬものがすべて草であるとは限らない、と思い起こせば、すぐに了解できる。すなわち「死ぬもの」という集合は草や人間という集合よりも大きい。大きいものの中に小さいものを入れることができるが、小さいものの中に大きいものを入れることはできない。より正確に述べれば、a、b、二つの事物があり、aのすべてはbに含
──技術進歩とも関わることですが、二一世紀の映画はどうなっていくとお考えでしょうか。 【ゴダール】映画の未来がどうなるのか、私にはわかりません。今、技術進歩という言葉が出てきましたが、技術進歩といっても、進歩は相対的なものだと思います。現在のパナビジョンのカメラは、リュミエール兄弟の頃のカメラとあまり違っていません。たとえばソニーの小型カメラがありますが、それでクロッキーを作ったり、メモをしたりするのには面白いものだと思います。しかしあまりにも容易に撮れてしまうので、その簡単さによって、人々はだまされると思います。この小型カメラで自分が映画作家と思い込んでしまう危険があります。たとえば鉛筆を持っているからといって、自分がデッサンを画ける画家だと思い込んでしまってはいけません。鉛筆があっても、レンブラントやゴヤのようにデッサンができるわけではないのです。ソニーのカメラにしても同じです。ソニー
──『映画史』の中で、小津安二郎さんの顔と溝口健二さんの作品と、大島渚さんの作品がワンカットずつ挿入されていました。あなたの中で、日本映画はどういう位置を占めているのでしょうか。 【ゴダール】『映画史』という作品は、今はほぼ存在しなくなってしまっている、あるひとつの映画について作った作品です。それは、一九三〇年代から五〇年代にわたって栄光の時代を迎え、五〇年代以降、長い衰退の時期を経て、ほとんど消滅してしまい、今はテレビや様々なメディア、そしてコンピュータのために、別のものになってしまった映画です。ひとつ例を挙げるとすれば、たとえば私がヌーヴェル・ヴァーグに属していた頃、私たちは何かをはじめている、何かがはじまっていると信じていました。しかし四〇年経って振り返ってみると、ヌーヴェル・ヴァーグの時代には、何かが終わろうとしていたのだと、私はわかりました。この私がよく知らない映画史全体を考える
テレビ画面の現象に、トラッキングというものがある。 画面の同期が乱れ始めるとこの現象が起こる。時間軸の方向を失った映像がスライスされたように画面上を垂直に流れ落ちていく。映像が静止したプラカードのようになって画面を横切っていく。 たしかにテレビジョンは、この時、送られてくる電波信号との同期性を失っている。けれどそのことによって、テレビはブラウン管内の映像と――そのテレビ自身が一つの客体として世界に(君たちの部屋に)存在する――そのテレビ自身の客体性とを一致させようとしているともみえる。そのとき映像は テレビの中からそのテレビが置かれた実際の空間に、まさに一つの客体として流れ落ちてくる。 テレビのまばたき、あるいはテレビのあくび、それはひとつの合図である。テレビと私たちはオブジェクティブに、同じ世界の中にある互いに対等の客体として出会う。ゆえに次の瞬間、テレビを見る私たちも、散漫なあく
カリスマがカリスマであるのは、彼の目指す目標が何であるのか、誰もはっきり知らないにもかかわらず、当のカリスマがそれを一分の曖昧さもなく、はっきり確実に把握していると、その周囲の人間みなが理解しているゆえにである。カリスマはつねに合理的、論理的にしか行動しないし、発言しない。それがそう見えないのは彼が従う規範が見えないだけである。 ゆえに問題は、彼をカリスマと認知しえない人間たちに囲まれたときに、発生する。彼らは自分の思考を拘束しているものが何であるかを自覚せずに、その無意識的な枠組をカリスマにぶつけようとする。カリスマは答える。「ちがう、ちがう、ちがう、ちがう」。しかし質問した人間はいったい何が否定されたのかがわからない。なぜなら、彼は自分が発した質問に含まれた意味をそもそも知らないのだから。 科学者の世界にカリスマと呼ばれるほかない人間が存在してしまうのは、ある意味で不幸なことである。個
ジョナサン・クレーリー 『知覚の宙吊り──注意、スペクタクル、近代文化』スペクタクル社会における注意と散漫 表象の世界のこの相対性は、(……)表象とはまったく異なった世界のもう一つ別の側面に世界の内奥の本質を求めるべきことをわれわれに示唆しているのである。 ────ショーペンハウアー『意志と表象としての世界』 スペクタクルが議論しようとするものは、ただ、時期と量だけだ。 ────ギー・ドゥボール『スペクタクル社会についての注解』 かくして、多様な感覚的世界とわれわれとの関係は、アプリオリな形式を構造的に押しつけることによってではなくて、目的を欠き無意識的な──まず何よりもしばしば性的な──傾向や力のもつ底知れない気まぐれによって決定されることになる。 ────ジョナサン・クレーリー『知覚の宙吊り
装飾は思いもかけないところ、自覚もないところに不意打ちのように現れる。これを避けることはできない。なぜなら襲ってくるのは当の見ている自分自身だからである。見ているのにそれを意識できない。その意味において、文字通り、装飾は視覚的な無意識の露呈である。それは視覚の周縁に位置づけられるが、しかし当の見ているという意識が可能なのは、また、見るという行為自体が可能なのも、その装飾があるゆえにである。 先日死去した美術史家E・ゴンブリッチの『秩序の感覚』は、ウィーンのミヒャエル広場にある「ロースハウス」の考察によって始まっている。 幼いころから私は、ウィーンの建物の装飾に注目するようになり、比較対照させたり、装飾的な細部をスケッチしたりもした。先人たちが建築物の装飾部分、たとえば屋根に壺のモチーフを深い考えもなくほどこしているのに驚いた。奇妙に思われる方は、十八世紀に建てられたウィーンの聖ミカエル教
18世紀フランス思想の最先端に位置していたディドロとダランベール。『百科全書』という書物の編纂プロジェクトは、彼らが編著者の役割を担うことで押し進められることになった。以来、1751年出版の第1巻をかわきりに、フォリオ版28巻、補遺や索引まで加えると実に35巻という空前絶後の出版事業が公衆の噂を席捲(せっけん)する。巨大極まりないこの書物の執筆には、名前の判明しているだけでも二百人を超える人間が関わり、その数万にも及ぶ項目のテーマは極めて多岐に渡った。予約購読者は四千人、実際の読者はそれをはるかに上回る数だったという[*1]。なお、出版事業は1758年から1765年まで、国家によって差し止め処分にされた。それ以降の編纂はディドロがひとりで担当した。 *1 以上はジャック・プルースト『百科全書』(平岡昇・市川慎一訳、岩波書店、1979年)に詳しい。18世紀フランス思想研究に携わる者なら誰も
しかし技術と芸術ははたして明確に峻別されうるのでしょうか。むしろ技術がその実効的側面を強調すればするほど、その実効性を要請したところの起点は決して合理性に解消しきれるものではないことを露呈させてしまうのではないか。また芸術と呼ばれているものの特質が、その存在をいかなる目的に回収されることもできず、ゆえに、それ自体を目的として扱うほかないという点にあったのだとすれば、技術に託された実効性が最終的な局面で晒けだしてしまうのも同様の事態なのではないでしょうか。たとえば家を作る技術というものはあるとしても、家それ自体が持つ実効性は、『家を建てる』『家に住む』というように『家』それ自身を主語として含む文でしか定位されないのではないか。『住むための機械』が家なのではなく『家に住むための機械』が家である。つまり家こそが住むという観念を生みだし、繋ぎ止めている唯一のものであって(家なしに住むという観念はあ
憲法学者 宮沢俊義によれば、「抵抗権」は、人権宣言において保障される人権のひとつであるが、他の人権とは異なる点を持っている。なぜならそれは、人権を侵害する公権力に対して(実定法の根拠を持たずに)抵抗する権利のことだからである。より厳密に言えば、「抵抗権」とは、合法的に成立している法律上の義務を、それ以外の何らかの義務(良心、道徳)を根拠として否認することに関わっている。たとえば「悪い法律は守らなくてもいい」「ニュース・ソースを明らかにすることを義務づける法律は、守るべきではない」といった主張や、良心的反対による兵役の拒否などがそれにあたる。 「抵抗権」に注目すべき理由のひとつとして、第二次大戦中のドイツや日本の政府権力の暴走(言論の弾圧を含む)に対する歴史的反省が挙げられる。「抵抗権」とは何よりも、権力の行使に課された憲法的な限界(枠)を、公権力に守らせるための保障手段のひとつなのだ。(
おそらくは「人間」の切り刻みを何より最も得意とするこのスプラッター哲学者の新刊『開かれ──人間と動物』(平凡社)は、各章のどれもが5〜6頁ほどの断章群から成り立つ全20章の「小さな本」であり、たとえば周到に検討したプランをもとに時間をかけて丹念に書き込まれた書物などというよりは、老練の職人がテーマに沿った素早い身振りでサッと仕上げてみせた名人芸のそれに近い。したがって、この哲学者の思想に接近したいと思う者にとっては、まさにうってつけの入門書となるものであるだろう。だが一方でそれは、独自のテーマ群に基づきながら、熟練した者だけに可能のアクロバティックな芸の披瀝のようにもみえ、よってその真意を理解するにあたっては、読者においてもおのずと読解の作法が求められているともいえそうだ。 本書は、人間と動物(人間であらざるもの)とを分節し隔てる「分割線」の政治的機能とその歴史という著者の新たな着想を著
【付記】 この作品は、2002年度『新潮』新人賞評論部門で最終候補作品となった原稿に、加筆・訂正したものです。原稿の無断転載を禁止します。 序――欲望と悪しき運命 私たちは『ロビンソン・クルーソー』の物語を解釈するつもりはない。のちに明らかになるように、『ロビンソン・クルーソー』に固有の物語など存在しないし、物語を探ること自体、進んで罠にはまりに行くようなものだからだ。ここで取り上げるのは、この小説世界を動かしている動力、すなわち主人公の欲望についてである。それはすでに最初のページに顔を出している。 一家の三男で、とくに職業訓練を受けなかったので、私はとても早い時期から好きなように放浪したい思いでいっぱいだった。父はかなり高齢だったが、家庭と地元の無料の学校でそれなりの教育を与えてくれ、私が法律の道に進むことを望んでいた。しかし私は航海に出ないことには気がすまなかったし、こうした私の性
(このインタビューは、第十四回高松宮殿下記念世界文化賞の式典があった2002年10月23日に行われた。原稿掲載を快諾してくださった週刊『読書人』編集 明石健五氏に感謝いたします。) ──昨年の9月11日以降、映画作家として現実の世界に対して、どのようにコミットしていくことができるとお考えですか。 【ゴダール】私は映画作家に過ぎません。映画を作ること以外に何かをすることはできません。ただし、次のことは言えるかもしれません。今年、一周年の追悼式があった時に、ワールドトレードセンターで亡くなった人たちの名前がすべて読み上げられたのに対して、飛行機の中で死んでいった人間の名前に言及されることはありませんでした。その点に関して、映画作家として関わっていくことが、映画の使命ではないかと思っています。 ──あなたが映画を作り続けるのはなぜですか。 【ゴダール】映画を作ること、それしかできないからです(笑
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