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森下泰輔のエッセイ「戦後・現代美術事件簿」第4回 「小山哲男、ちだ・ういの暴走」 60年代は読売アンデパンダン末期にフリーキーな前衛美術家が大挙して登場した時期でもあった。彼らはほどなく美術館やギャラリーを飛び出し、街頭ハプニングに進出した。加藤好弘率いるゼロ次元、ネオダダイズム・オルガナイザーズ、ネオダダの影響を受けたアンビート、どこにでも出没したダダカンこと糸井寛二、クロハタ、ハイレッド・センター、九州派、牧朗の薔薇卍結社、果ては極めて風俗色濃厚の交楽龍弾まで、「いまやアクションあるのみ」といった塩梅で、その肉体の反乱を謳歌していた。 このうちイチモツ露出による猥褻物陳列罪で検挙・逮捕されたのは全裸”儀式”に一定のこだわりを持ったゼロ次元の加藤好弘、秋山祐徳太子、小山哲男、ダダカン、告陰の末永蒼生らだ(*1969年7月。前回も触れた「万博破壊共闘派」の一連の流れで。官憲は70年安保闘争
杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」第111回 考古学者 そういえば、小さい頃になりたかった職業の一つに、考古学者がありました。 その頃はテレビでマヤ文明やらエジプト文明やらの研究をしたり、何もありそうにない化石の採掘現場に突如現れたカケラか … 続きを読む 杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」第110回 掘削始まる。 いよいよスイスでのプロジェクト建設現場が活性化してきました。 このプロジェクトでは、僕たちがGeneralplanerとしてプロジェクト全体を統括する立場にあります。そして、プランナーやスペシ … 続きを読む 杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」第109回 ETHでのレクチャー スイス連邦工科大学チューリッヒ校(ETH Zurich)で木造についてのレクチャーをしました。 僕がETHで所属している教授はAndrea Depla
「岡粼乾二郎の認識―抽象の力―現実(concrete)展開する、抽象芸術の系譜」展 豊田市美術館 千葉真智子 タイトルにあるとおり、本展は、造形作家であり、批評家・研究者としても重要な仕事をしてこられた岡粼乾二郎さんに企画監修をお願いし、豊田市美術館のコレクションに館外からお借りした作品を加えて構成された展覧会である。 当館のコレクションの大きな特色は、一般的な日本の美術館がまず収集対象に掲げるであろう、近代でいえば、印象派やキュビスムなどのフランス美術、そして戦後でいえば、アメリカ型の抽象表現主義美術、この二大巨頭がほぼゼロなことで、かわりに、近代ではウィーンの美術・応用芸術、戦後に関してみれば、イタリアのアルテ・ポーヴェラやヨーゼフ・ボイスらドイツ系の作家たちの作品が多いという点にある。こうした特色を考慮しながら、さらに岡粼さんがこれまで熱心に研究し、折に触れて言及してきた作家や美術の
本日6月8日は松本竣介(1912年4月19日 - 1948年6月8日)の命日です。 今年は、竣介の没後75年にあたります。 ただいま「第33回瑛九展/湯浅コレクション」を画廊で開催中ですが、瑛九(1911年4月28日 - 1960年3月10日)が一歳年上ですが、同時代を生きた二人は短い生涯でした … 続きを読む 生きているTATEMONO 松本竣介を読む 14(最終回) とりあえず一区切り 植田実 昨年4月、画家の誕生月にあわせて始まった「生誕100年 松本竣介展」の巡回第1会場・岩手県立美術館に、綿貫不二夫さんに襟首をつかまえられるように連れて行かれた日の、それ以前 … 続きを読む 生きているTATEMONO 松本竣介を読む 13 「デッサン」と「エッセエ」(承前) 植田実 松本竣介編集の『雜記帳』が、その寄稿者たちに投げた「エッセエ」問題は、さまざまな波紋として見えている。里見勝蔵
森下泰輔のエッセイ「戦後・現代美術事件簿」第6回 「記憶の中の天皇制」 冒頭でご報告です。当連載第4回に登場した増山麗奈がこのたび社民党公認で参院選予定候補者になった。増山は以前から岸本清子とどこか類似点があったと思うのだが、選挙戦に立候補とはまさにシンクロニシティだ。 「母乳芸術家直撃」 東京スポーツ2015年12月17日号 さて、いままでも天皇に言及するアートが話題なってきたけれども、実際は天皇礼賛アートのほうが多く作られてきた。そこを指摘する評論家は少ないのだが、そのことは前置きにとどめることとする。 リトマス試験紙としてのアート。アートが現行の価値観もしくは権威より規制・排除されるか否かでその芸術性の一定の水準を醸し出しているという考え方。現行政は昨年のヴェネチア・ビエンナーレ的エンヴェゾー的権力批判芸術をもはや受け入れること不能となったのではないか。そうした反体制(*これは反体制
こんにちわ、3月20日(春分の日)に富山県美術館で開催された「没後20年 東野芳明と戦後美術」を見てきましたのでレポートいたします。 「没後20年 東野芳明と戦後美術」 会 期:2025年1月25日(土)〜4月6日(日) 終了 会 場:富山県美術館 https://tad-toyama.jp … 続きを読む ご報告が遅れてしまいましたが、2月21日付の北日本新聞に、 「瀧口修造(富山出身)の作品展示 仏美術館 死後も欧州で高い評価」という記事が掲載されました。 ------------------- ポンピドゥー・センター(正式名称:ジョルジュ・ポンピドゥ国立芸術文化センター) … 続きを読む いまから48年前の今日、11月20日東京藝大の現職教授のまま駒井哲郎先生が亡くなられました(1976年(昭和51年)11月20日没)。 まだ56歳という惜しみてもあまりある早すぎる死でした。 駒
大竹昭子のエッセイ「迷走写真館〜一枚の写真に目を凝らす」第132回 なんだか危ない感じのする写真である。 彼女たちの足取りが、いや、漂っている雰囲気がアブナイ。 女性がふたり写っていて、一方は背が高くすらっとし、もう一方はややふくよかな体つきだ。 年齢は、右 … 続きを読む 大竹昭子のエッセイ「迷走写真館〜一枚の写真に目を凝らす」第131回 松の木の下に四人の男女がいる。 彼らがくずおれたような格好で地面に膝をついているのが不可解である。 腰が抜けて動けなくなったのか。 どうしてこんな事態になったのだろう。 むかって右側の男は片 … 続きを読む 大竹昭子のエッセイ「迷走写真館〜一枚の写真に目を凝らす」第130回 バス停のシーンである。 似たような年格好の女性(たぶん4,50 代)ばかりが横に連なり、バスの到着を待って立っている。女性ばかりと書いたが、男性がひとりいる。パリッとしたスーツを着
私の人形制作第76回(最終回) 井桁裕子 展覧会を終えて 先月、9月15日(火)〜27(日)の個展には多くの方にご来場頂き、誠にありがとうございました。 遠方から、あるいはお忙しい中をご予定をつけて来てくださったり、何度も足を運んでくださった方もいらっしゃい … 続きを読む 私の人形制作第75回 井桁裕子 展覧会開催中です 15日から「片脚で立つ森田かずよの肖像」展示が始まっています。 作品は時折、私の浅い思考や狭い視野を越えて、ずっと深い思いを持つ人からの共感を頂く事があります。 限られた展示期間に、そのような出会いを得る … 続きを読む 私の人形制作第74回 井桁裕子 個展に向けて 記録的な猛暑が続いたこの夏、体調を崩された方も多かったと思います。 これを書いている今も、酷暑の盛りは過ぎた気はするものの蒸し暑く、そんな一週間の過去からお送りする手紙です。 9月には外出も楽になるでしょう
平田耕一全著作とギャラリー・ド・ラ・ぺの平田和子さん http://blog.livedoor.jp/tokinowasuremono/archives/52721536.html 苦い失敗から多額な負債を抱えた中で、何とかここまで来られたのは多くの恩人たちのおかげです。 今日11月28日は2010年に亡くなられた平田和子さ … 続きを読む いつも「ときの忘れもの」ブログをご覧いただき誠にありがとうございます。 2025年7月2日、こちらのブログは下記ページへとお引越しいたしました。 過去記事も下記サイトからご覧いただけます。 https://www.tokinowasuremono.com/blog/ 今後は新しいウェブサイトでの更新を … 続きを読む 本日7月2日は綿貫さん80歳のお誕生日。 そんなおめでたい節目に、ときの忘れものウェブサイトを14年ぶりにリニューアルオープンいたしまし
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