第1 英国の物語と日本の逸話 夏目漱石『吾輩は猫である』には,寒月先生が「首縊りの力学」と題する演説の稽古をする場面がある(第3章)。その演説をみると,絞首に処した死刑囚が生き返ってしまった場合のイギリスにおける取扱いについて,興味深い一節がある。 ブラクストーンの説によると若し絞罪に処せられる罪人が、万一縄の具合で死に切れぬ時は再度同様の刑罰を受くべきものだとしてありますが、妙な事にはピヤース、プローマンの中には仮令兇漢でも二度絞める法はないと云う句があるのです。まあどっちが本当か知りませんが、悪くすると一度で死ねない事が往々実例にあるので(夏目漱石『吾輩は猫である』*1) そこで調査するに,イギリスの法律家ブラックストン(William Blackstone, 1723-80)が,英国法の古典的教科書『英法釈義』において,「死刑囚が絞首後に蘇生した場合,その者を再び絞首しなければならな