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買ってよかったもの
blog.livedoor.jp/yoonaki
今、自分が体験している現実は自分自身が作り出したものだということが、だんだんと分かってきた母は、先程までとは目に見えて様子が変わってきては、明るい口調で言葉を続けていった。 「なるほどですね…、自分が投げたものをそのまま返してくる世界ですか…。 確かにそういう風に言われると、そうなのかなーなんて思えてくる部分もありますね…。 正直に言うと、私も、この残りの自分の人生には少しの諦めもを感じていた部分があったのは事実ですね…。 主人の会社が倒産してからは、私と主人は北九州から逃げるように福岡に出てきて、最初は誰も知り合いのいないこの場所で、必死になってやってきました…。 実際には同じ福岡には住んでいるものの、主人とは倒産を機に別々に生活をすることにして、お互いがお互いを干渉する事なく別々にはやってきましたけど、それは同時に、自分1人で生きて行かなくてはならないということでもあり、これ
「今の私で、そんな夢が叶う方法があるというなら、私は是非それをやってみたいです。 今の、どんなにあがいても変えようが無いこの状況を、どうやったら変えていくことが出来るんでしょうか…?」 「それはですね、こういう言葉を聞いたことありませんか? 『笑う門には福来たる』って」 「あっ、それは聞いたことがあります…。 というか、普段、意外とよく使われる言葉ですよね?」 「ちなみにお母さんは、この言葉を聞いて、そうだなぁ、そうなるだろうなーと思いますか? それとも、笑ってたら福が来るなんて、そんなことある訳無いじゃないかと思いますか?」 「いや、それは間違いなくそうなるんじゃないかなーと思います。 やっぱり、暗くてウジウジして、パッとしないよりは、いつも明るく笑ってて楽しくしてたほうが絶対にいいことがあるような、そんな気はしますね…」 「そうですよね? じゃあですね、そう思うんなら今
「じゃあ、今までのところが理解出来たみたいなんで先に進んで行きますけども、その前に、まずは最初にいくつかお聞きしておきたいことがあります。 じゃあですね、今の現時点での話しですけど、お母さんは、今の生活に特に何か嫌な思いをしているとか、こんな今の生活から早く抜け出したいなぁとか、こうであったらいいなぁとか、そんなことを思うことって、よくありますか?」 「そうですね…。 それは確かにありますね…。 別にそれを愚痴っぽく常日頃から言ってみたりしてる訳ではないですけど、正直、こんな今の生活からは抜け出して、好きなゴルフが思いっきりやりたいとか、自分のお店をやりたいとか、海沿いの素敵なおうちに住んでみたいとか、そういうのはありますよね…」 「ほぉ、ゴルフを思いっきりやりたいんですか?」 「そうなんですよ…。 昔は住んでいた家の前に、打ちっ放しとゴルフ教室をやっている施設があって、そこにはプ
「いいですか? では次にこう考えてみてください。 今、お母さんの前に私という人間がいますけど、その私という人間は、お母さんにとってみると、その私が発する波動というものは高いものに思えますかね? それとも低いものに思えますかね? 」 「大茂さんが私にとってですか? それは間違いなく私にとっては、波動の高い方になると、そう思いますけど!」 「そうですか、じゃあ今度は、お母さんにとってHIRO君はどう思えますか?」 「この子もそういう意味では、今は凄く波動は高いんじゃないかと思います…。 バリから帰ってきて、なんだか凄く成長したっていうか、あれから顔つきも全然違うし、前とはびっくりするくらいに変わりましたもの…」 「確かに今のHIRO君は、前とは違いますよね。 私も最初に会った頃の彼と、今の彼では全然違うほどにそれを感じますからね!」 「そうですよ…。 この子、会社を閉じた後のしばらく
「いやぁ、すいません…。 ちょっと分からないですね…。 最初からつまづいてしまって申し訳ないですけど、なかなか難しいです…」 「まぁ、なかなか最初は分かりにくい話しだと思いますけど、じゃあですね、ちょっとこういう風な考え方をしてみてください。 例えばですね、ものすごく不思議な言い方に聞こえるかも知れませんけど、今、私たちがいるこの現在の、この瞬間の『今』っていうのは、『この今こそが全て』、『今というもの以外は存在しない』と言うことは分かりますかね?」 「今?、この今こそが全て…? 今以外は存在しない?…ですか…?」 「そうです。 この瞬間瞬間の今、これが全てです」 「この、今… ということですよね…?」 「そうです」 「今が全て…。 すいません、ちょっと分かりません…」 「では、あんまりひねくって考えずに、ちょっと頭を柔らかくしてみてくださいね? いいですか、あるのは『今
私たちが大分道を湯布院めがけて走っていると、またしても後ろから甲高い音を立てたフェラーリ軍団が現れては、あっという間にバックミラーに近づいてきた。 「うわぁ、またフェラーリ軍団ですよ…。 今日はホントに何処かで大きなイベントやっているんでしょうね…?」 私はそう言いながら、追い越し車線から走行車線に戻っては、抵抗することなく、後ろにベタ付けをしていたフェラーリ達に素直に道を譲っていった。 「うわぁ、今度のにはF50までいる…、その後ろは458か…。 全部で7台、8台、9台…、いや、まだ後ろから来てる…」 私が独り言のようにそう言ったことに、それを聞いていた母が、F50が何かを尋ねてきた。 「そのさっき言ったF50…? それってどの車ね?」 私は少し前に通り過ぎて行ったF50を指差しては、あの車だよと言いながら母にそれを教えた。 「あぁ、なるほどね…、確かにあの車だけひときわエ
師匠が語る、この不思議ワールドシリーズの話しは、まだほんの入り口に過ぎないにも関わらず、母は既に、はあ…? はあ…、という感じで、ついていくのがやっとのように私には聞こえた。 私は助け舟を出すつもりで母にこう言った。 「母さん、師匠の言っていること、ちゃんと理解しよう? 外から聞いていると、ついて行けてないように聞こえるんやけど… 笑」 私の言葉に対して、母はすかさずそれに言い返してきた。 「ついて行ってるわよ〜。 今の大茂さんの話しを聞いていて、私も今、ズキンときたことがあったのよ…」 「おっ、そうなん? んで、何、そのズキンときたことって?」 「いや、まさに今、大茂さんが言われていたそのままのことだから、思わず自分のことを言われているみたいで、笑いそうになってしまったわ… 笑 私もね、仕事の休みの前の晩なんかは、つい、そういう○○テレビみたいな討論番組を見ては、そうじゃな
師匠が母に話していた話は、前にバリにいた時に聞いた話しと同じだった。 しかし、 私には、昨日から師匠が話をしていたその内容とそれを結びつけると、何故か同じ内容のその話が、それが以前に聞いたよりも更に、自分の中に腑に落ちていくように感じた。 私はその時に思った通りのことを師匠に言った。 「今まで師匠から聞いてきた話しって、その時その時で理解をしてきたつもりだったんですけど、ちょっと時間が経って改めて聞くと、また新たな発見というか、違った気づきを感じますね…?」 私がそんなことを言ったことに、師匠はこう返してきた。 「以前に比べて君の理解力が増していることと、今の君が求めているものに、今、俺が話をした内容が合致しているからだよ」 「合致している…ですか?」 「そりゃあそうだよ。 そんなのは、俺の話しだけじゃなくて、本なんかを読んでいても同じだろう? 本なんてまさにそうじゃない
「空港を出た私たちは、その後、ジェシカたちの家族がいるバランガイ(フィリピン、カマリネス州 ティナンバッグ町)に行き、そこで彼女の父親と母親を含めて今後のことを話し合いました。 両親は2人とも、ロイが奇跡的に戻ってきたことを、声あげて、泣きながら喜びあっていました。 ただ、ジェシカとロイを借金のカタから取り戻すことは出来たのものの、依然としてその両親たちの生活は苦しく、驚くことに、彼らの住むそのバランガイ地区の一人当たりの平均月収とは、月額2千円にも満たないという事実を知りました。 度々襲ってくるハリケーンの大きな爪痕に疲労困憊した住民たちは、いくら頑張っても増えないその低所得に、他の場所に移りたくとも移ることも出来ず、それぞれが家族を養う為には、夫婦のどちらかが出稼ぎに出るか、子供達が出稼ぎに出ては仕送りをするしか方法がないとのことでした。 正直なところ、私は、そのバランガイを離
「その後の私は、彼女がこれまでに受けた深い傷を癒す為に、約一年をかけて、ありとあらゆることを彼女と一緒に楽しみましたね…。 決してお金をかければいいという訳ではなかったんですけど、ただ、つい最近まで、生きる希望を奪われては地獄を味わっていた彼女を、とにかく楽しませたいと、人生ってものには、奇跡はおこるんだよってことを体験させたくて、私はそう思っては、彼女をとにかく大切に、まるで王女様かお姫様のように扱っていきました。 彼女が一度は行ってみたいと夢みていたスペインなどはもちろんのこと、ヨーロッパも一通り周りましたね。 以前、フィリピンはスペインの植民地となっていた経緯があって、なにやら彼女たちには、スペインというところは特別な感情があるみたいなんですね…。 実際、ジェシカの母親の家系はスペイン人ですし、そういうスペイン系との混血で産まれてくる彼女たちってのは、実にエキゾチックで魅力的
「これはですね、今から15年程前になる話しなんですけどね。 当時、私は仕事の関係で知り合ったフィリピン人(カルロ)と意気投合しては、その時を境にその後は、それまでやっていた不動産投資を国外でやるようになっていくんですね…。 そしてそのフィリピン人、カルロとはとても気が合いまして、私が日本にいる時にいろいろと世話をしてやったことを恩に感じた彼は、訪れたフィリピンでは、私をとても大切にもてなしてくれたんですね。 正直、私にとってはそれが初めての海外でしたから、右も左も分からない私としては、もう、彼だけが頼りで、その後は、その彼には海外でのモノの考え方や、いざという時の対処の仕方などをいろいろと教えてもらいましたね。 アレは、そんな彼と一緒に行動をして1週間程した時のことでしたかね。 私たちはある日の夜、マニラでカルロと彼の友人と一緒にゴーゴーバーで飲んでいた時のことでした。 まぁ、ゴ
「そうなんですね…? まぁ、その境地になってみない限りは分からないことなんでしょうけどねぇ…。 でも、とりあえずはほとんどのことをやり尽くしてしまえるって、それって羨ましいことですね…」 「まぁ、この世の中の全てのことを体験することは出来ないけど、まぁ、一通りのことは出来るもんな」 「そうですよね…? でもそれって師匠、今までで一番楽しかったことっていうか、幸せを感じたことっていうのは何んですか? そこまでやり尽くした人が言うことの一番のことって、僕は凄く興味があるんですけど?」 「一番楽しかったこと…? そうだなぁ、まぁ、振り返ればいろんなことがあったけど、でも、やっぱり一番に楽しかったというか、幸せを感じられたという意味では、フィリピンに学校を建てて、大勢の子供たちに喜んで貰えたことかな…」 「師匠、学校を建てたんですか?」 「あぁ、過去から合わせるともう10棟は建ててる
死んではいけない、師匠がその言葉を言ったのには訳があった。 以前に師匠の生い立ちを聞いたことがあるが、その時に言っていたことは、昔、師匠のお父さんも事業をしていて、多額の借金を残した後は、蒸発をして行方不明になったとのことだった。 そしてその後、お母さんは、その残された借金でノイローゼになっては、ある日、首吊り自殺をしたそうだった…。 死ななければなんとかなる、と強く言っていた師匠は、なんだか少し寂しそうな、そんな口調で私たち2人にそれを語りかけていた。 その後、私も母も、そこには触れてはならないと思っては、少し話の方向を無理やりに変えていった。 私は母に、ちょっと笑いながらこう言った。 「でもさ、お母さんもあの時って、この船は沈まない、沈ませないってお父さんは言いよったけど、すでにもう沈みかけてるやん、もうダメやろ?って思いよったやろ? 笑」 私がその笑いの方向に話を振った
私と師匠が、そんなことを話している最中だった。 それまで黙って話を聞いていた母が、その話に入ってきた。 「今、大茂さんが言われていたライフサイクルのお話し、私には凄くよく分かりました。 実は私の主人も以前は事業をしていたのですが、先程のそのライフサイクルに当てはめると、お話を聞いていて、まさにそうだったんだなーって思いました…」 母はそう言うと、その後、その当時を思い返すかのように落ち着いた口調で話を続けていった。 「私たちは、元々は北九州というところの出身なんですが、以前、主人はそこで寿司割烹の店をやっていたんです。 主人が始めた最初の寿司屋は、カウンターが6席と座敷に4人座れるくらいの小さな店で、そこが全ての始まりでした。 店を始めて1年もした頃から、ある変化が見え始めてきました。 当時は、北九州と言えば新日鉄八幡製鉄所と言われるぐらいに、新日鉄が凄く活況で、私たちの住
「はぁ〜、なんかその人って話を聞いていたら、そういうお金に愛される何かってのを持っていたのかも知れませんね…? 前にそういうのを聞いたことがあるんですよ! この世の中には、ごく稀に、そういう風に、お金や富が追いかけて来るみたいに、そういうのに愛される人がいるってことを…」 「まぁ、それは俺も聞いたことがあるけどな、まぁ、でもヤツの場合は、そういうのとはちょっと違うんじゃないかな?」 「そういうのとはちょっと違うというのは?」 「まずはだな、ヤツがそれまでにやってきたことで、成功してきたことで、一番に評価される点は、時流に乗ったビジネスにジャストタイミングで取り掛かっては、また、その後はジャストタイミングで、そこを切り抜けているってことなんだよ」 「そうですね…。 それは、さっきの話を聞いていると、ほぼ完璧にそんな感じですよね?」 「まぁ、ヤツだってまさか未来が見える訳じゃあな
「だってな、俺たちの今の考えが自分の中に根付いてしまっているのは、それはそのほとんどは不可効力みたいなものじゃないか? 実際には俺たちが、この世に生を受けて、そこから成長して学んでいく時ってのは、まずはその両親から、その両親の考えを埋め込まれ、学校に行き始めたら、その学校でまたいろんなことを埋め込まれ、そして、友達や周りからも、同じように影響を受け、そして最後は社会から、常識的だと言われていることを埋め込まれる訳だろ? なぁ、そうやってずーと、周りからいろんなことを言われ、そういうのを埋め込まれてきてしまうと、いつからか、何が正しくて何が間違っているかなんてことは、分からなくなっても仕方ないことだとも思うよな…?」 「それって、ある種、前に師匠から話を聞いた、ライオンやトラや象なんかの、あの動物たちの刷り込みの話とよく似てますね…?」 「あぁ、似ているよな…? 小さい時から、ずーっ
「まぁ、それだけじゃあなくて、後付け論なんてものは、この世の中にはいろいろと腐るほどあるけどな!」 「僕もそれは、そういう真実が分かってからは、リアルにそう思うんですよね…!」 「実際は、よく実業家とかで成功物語みたいのを語っている奴がいるけど、その経緯ってのはな、後からの後付け論的に、じょうずに言っているのが実に多いんだよ。 俺なんか後で仲良くなったその関係者から、その事実を教えて貰ったら、嘘八百なんてのものも沢山あって、ホントに笑ってしまうこともよくあるよ! 笑」 「ありますよね! 僕の知り合いにも、今はカタチ上は事業を成功させてますけど、前に一緒に飲みにいった席で、その人が後輩に言っていた話を横で黙って聞いてたら、ツッコミどころ満載でしたもん! 笑」 「あるよな! そういうの?」 「その人なんか後輩に真剣な顔して、俺は事業を始める前の3年間は死に物狂いで働いて、それで10
翌日 師匠を12時に迎えに行く約束をしていた私は、その日は朝から車を洗車して、その後15分程前に到着する予定で、ホテルオークラへ向かっていった。 車に同乗していた母は、思ってもいなかった、不意の湯布院の温泉旅行をとても喜んでいた。 「ねぇ、アンタは湯布院の温泉なんて何処かに泊まったことあると?」 「うん、俺は温泉は好きだから、湯布院は数回行ったことあるよ! まぁ、師匠が今回予約している旅館は名前は知っているけど、俺は行ったことは無いけどね…」 「師匠さん(大茂さん)、その旅館で満足してくれるかしら? 普段、とんでもなく高級なところばかり泊まっているみたいだから、そういうのがちょっと心配になるわ…」 「大丈夫だよ! 師匠はそういうのは全然気にしないと思うよ? まぁ、師匠の場合は、もうある意味、行くところまで行き着いてしまっているからね…。 実際にあそこまでになったら、もう見てる
「じゃあ、明日12時に!」 師匠をホテルのフロントまで送っていって、そこで別れた後のことだった。 私は先ほどのアツい思いがまだ身体に残る中で、自分たちの車を停めた前方に停車してある、オレンジ色のガヤルドを再び、じっと見つめていた。 そばにいた母は何も言わずに、私がそうしていることを見守るように、静かにずっとそれを見ていた。 オークラを出て帰宅途中の車内で、母がつぶやくようにこう言った。 「大茂さん、アンタのことを本当に思ってくれてるのね…。 弁護費用の80万円を用立ててくれるだけでも凄いのに、ホントはアンタの為なら、全部を綺麗に片付けてやってもいいなんてことを言ってたわ…」 「聞こえてたよ…。 凄いよ 、凄過ぎるよ…。 3000万円以上ものお金を払ってやってもいいだなんて、あの言葉には本当にびっくりして、言葉が無かったよ…」 「まぁ、でもそれは絶対にしてもらってはいけないこと
その後、私たちはヒルトン福岡の最上階にある寿司屋を出てからは、師匠がその日に宿泊予約を入れているという、博多区下川端にあるホテルオークラ福岡へと向かっていった。 師匠は福岡に来るのは初めてだったこともあり、途中に見えた屋台の風景には、思わず声をあげてこう言っていた。 「おぉ! アレが噂の福岡の屋台か? 結構お客さん入っているじゃないか? 屋台といってもラーメンだけじゃないんだな? 屋台の天井の看板には、天ぷらとかいろいろと書いてあるぞ?」 「そうなんですよ。 コッチの屋台は何でもありなんですよ。 長浜なんかにある屋台の店だと、その店に無い食べ物でも、注文したら隣同士の屋台から出前のように持ってくるんで、初めはそのシステムにびっくりしましたもん!」 「ほぉ〜、おもしろいなそれ? お互いの店が足りないものを補いあってる感じなのか?」 「さぁ、系列店だか、どういうシステムかは分かりませ
九州で大人気のご当地グルメ、[びっくり焼]を全国に広めたいと思い、FC本部さんからの協賛と理解を頂きました。 [びっくり焼]は九州福岡で大変人気な食べ物で、他県から出張に来られた方にも大好評なB級ご当地グルメです。 しかしながら、福岡では有名でも、それが全国レベルとなると知名度もまだそれほど高くなく、他府県では店舗数も非常に少ない状態となっています。 現在は九州、四国、大阪に合わせて9店舗出店しています。 2016年に大阪に出店を果たし、今後は関東圏にも積極進出を狙っていきたいと考えています。 今回の「紹介キャッシュバックキャンペーン企画」につきましては、びっくり焼は、九州、福岡では大変強いブランド力がありますので、現在9店舗ではありますが、こちらの実績も利用して宣伝してもらえると、チャンスは大いにあるのではないかと思います。 今回の募集は、このびっくり焼を広めるためにオーナー
「それは間違いなくそういうことだよ。 プラスの引き寄せ、マイナスの引き寄せにしろ、それは、この世の中ってものは、宇宙ってものは、投げたものを完璧にその通りに返してくるようになっているもんなんだよ」 「そうなんでしょうね。 でもそれって、それをいい方に活用すれば素晴らしいことが起こっていくけど、悪い方に活用すれば恐ろしいことも起こっていくっていう、ある意味ちょっと怖いことですよね…?」 「だからだよ! だから、俺がいつも言っているだろ? 楽しいことだけをいつも考えろって? 他のことは忘れてもいいから、考えなくてもいいから、ただ楽しいことだけを考えてろって! そして人生をそいういう意味で楽しみながら、何事にもワクワクするような気持ちで歩んで行けば、その先には、絶対にそんな延長上のことしか起こらないって何度もそう言っているじゃないか?」 「いつもそう言ってますね…」 「例えば、さっき
「ええっ? ホテルオークラですかーー?」 私がちょっと意味ありげにそう言ったことに、師匠はすぐにそれを聞き返してきた。 「ん? ホテルオークラがどうかしたのか?」 「いやぁ、オークラって言えば、あそこの地下駐車場はですね、福岡中のスーパーカーが集まっているじゃないかってぐらいに凄いんですよ…。 フェラーリからランボルギーニ、アストンマーチン、マセラティ、ポルシェ、ベントレー、ロールスロイス、果ては僕の友達はある時は、ブガティベイロンまで見たって言ってましたもん…」 「そうか、君はいつかランボルギーニに乗るのが夢だったよな? そうかそうか、だからオークラって聞いて、ちょっとテンション上がったのか?」 「そりゃあ、そういうのが大好きな僕にとってはテンションが上がる場所ですよ! なんたってランボルギーニなんて、そうそう街を走っていませんからね? でも、あそこに行けばそんなのが何台も
空港を出てからは、師匠がまずは食事に行こうと言い出したので、私は師匠に何を食べたいかを聞いて、今までに行ったことのある美味かった店を頭に思い描いていった。 「なあ、やっぱり、福岡って言ったら魚だろ? 今じゃ、シンガポールでも旨い寿司は食えるけど、でも本場の新鮮な魚を使った寿司は、こっちで食べるのが一番じゃないかな?」 師匠の提案は寿司だったので、私は色々と考えた挙句、以前行ったことのある、ヒルトン福岡の最上階にある寿司屋へと連れて行くことにした。 ヒルトン福岡の35階から見える福岡の街並みには、師匠はいい眺めだと感心し、そこで出される料理全てにもとても満足をしてくれた。 師匠は久しぶりに食べるという青魚の美味しさを絶賛していた。 「いやぁ、こんな新鮮なサバやアジを食ったのは久しぶりだな? 向こうにいるとな、こういうものが食えることは滅多にないんだよ。 もちろん、今では生の魚を食
その日、兄弟、その家族たちに居酒屋で退院祝いを盛大にしてもらった母は、嬉しさの余り、少しばかり飲み過ぎたようで、家に戻っては、ちょっと横になると言ったかと思うと、すぐにスースーと寝息を立て始めた。 翌日。 朝、私が目を覚ますと、昨日の酔いがまだ残っているのか、母はベットの上から起きて来ようとはせず、まだぐっすりと寝ているようだった。 私は昨夜に弟から聞いた、不審な電話の件や、今後のことを相談したくて、当時お世話になっていた税理士に思い切って電話をしてみることにした。 最後に会ってから6ヶ月近くが経っていたこともあり、税理士は、私からの連絡をとても喜んでくれていた。 「ご無沙汰していますけど、お元気ですか?」 「うわぁ、HIROさんですか? 番号変えたんですね? 登録が無かったから誰かと思いましたよ!」 「あの番号にはあの後、取り立ての電話がじゃんじゃんかかってきてましたからね
2012年8月5日。 バリからの緊急帰国から35日が経過した私は、これからの生活のことを真剣に考え始めていた。 まずは何よりも気になっていたことは、もう手元にたいしてお金が残っていないということだった。 帰国する際に師匠から、帰ったら何かに使えと渡された3500ドルのお金は、もう残すところ8万円程になっていた。 (この1ヶ月間、まともに働いてないもんな…。 カイト君にトレードを教えて貰う為に、もう何度も佐賀まで往復をしているけど、往復のガソリン代もバカにならないし、このままじゃマズイよな…) 財布の中身を見ると、一万円札が8枚と僅かな小銭しかないことに、改めてその現実が差し迫ったものを感じていた。 (今週の木曜日は、母も退院する日だし、それまでは動けないもんな…。 それに、お盆前には師匠も福岡に来るって言ってたし…) とにかく何かの仕事を探さないとこのままではマズイと、そんなこ
いつかは俺も! いつかは私だって! そう思いながら気がつけばどんどん年月だけが経っていませんか? 人生は一度っきりです! このブログは、そんなどうしてもあと一歩を踏み出せない人達を応援する、勇気のブログです。
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