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ドラクエ3
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学業日誌へ/studyへ/interestへ 本日のルサンチマン このページは金曜3限の「シェーラー演習」についての個人的な感想です。従って情報の正否に関しては一切責任をもてませんので、あしからず。 御意見・御指摘をお願いします。 00.03.31 価値欺瞞 通常、欲求は自分の持つ価値観に基づいて生じるものである。従って、ある事物が入手困難と判ったとしても、価値観が変ることはない。 (例えば、プロ野球選手を志す少年がクラブのレギュラーをとれなかったからといって、プロ野球選手に対してもっていた価値観を変化させることはない。逆に、その価値観の為に自らの能力を向上させる方向へ意識が向かうだろう。) しかし、ルサンチマンによって生じる価値欺瞞においては、この価値観そのものが変化する。 ルサンチマン的人間はある特定の価値が入手不可能と感じると、「価値盲」(他人に価値がないものとする)や「価値欺瞞
H.L.A. \x83n\x81[\x83g\x81u\x90\xD3\x94C\x82\xC6\x8F\x94\x8C\xA0\x97\x98\x82\xF0\x8BA\x82\xB7\x82\xB1\x82\xC6\x81v \x8Fo\x93T\x81FHart, H. L. A., 'THE ASCRIPTION OF RESPONSIBILITY AND RIGHTS', in Essay on LOGIC and LANGUAGEVol. 1(ed. by Antony Flew) , Oxford, 1952, pp.145-166. \x82\xCD\x82\xB6\x82\xDF\x82\xC9 \x89\xE4\x81X\x82\xAA\x93\xFA\x8F\xED\x97p\x82\xA2\x82\xE9\x8C\xBE\x8C\xEA\x82\xC9\x82\xC
行動遺伝学の新展開 安藤寿康(慶應義塾大学文学部助教授) 人間の遺伝研究には、倫理問題や研究者の社会的責任の問題が密接に関わってくる。それが人間の心や行動に関わるものであればなおさらである。過去の優生学の悪用などには、確かに科学の名による差別の正当化の論理があった。しかしだからといって、人間の行動遺伝に関する研究に、おしなべてかつての優生思想のようなイデオロジカルな意図を読み解こうとするのも、安易で一方的すぎる評価であるように思われる。 1.行動遺伝学批判に対する行動遺伝学者側からの反論 かつて『日経サイエンス』誌に、「米国で流行する"優生学"」と題する記事が掲載された(93年8月号)。1)知能、分裂病、アルコール依存症、同性愛など人間の心理的、行動的形質が遺伝によって規定されていることを明らかにしようとする行動遺伝学を、あやしげで人心を乱すだけの不毛なエセ科学であるように印象づける論調の
Japanese Association for the Contemporary and Applied Philosophy (JACAP)
アトミズム すでに総論において述べられていたように、共同体主義の基本的な主張は、リ ベラリズムの「個人主義」、つまり個人の「権利」を出発点とする思想に対し、 ある一定の共同体を優先することにあるといってよい。こうした潮流を代表す る人物として、マッキンタイアー、サンデル、テイラー、ウオルツアーらの名 が挙げられるが、彼らの主張にはもちろん違いがある[注]。しかし、彼らにおお よそ共通しているといってよいであろうことは、リベラリズムの前提している 「個人」というものが、実際にはさまざまな道徳的紐帯に結びつけられ、共同 体の中に織り込まれているにもかかわらず、そこから切り離され、抽象化され てしまっていると批判する点である。すなわち、リベラリズムの主張する「個 人」というものが、社会的な紐帯から分離、抽象化された「原子論的(アトミ ステイック)な個人」であるとして批判することが、いわば共同体主
京都大学大学院文学研究科倫理学研究室の移行ぺーじ お知らせ 2015年度の第二演習・応用倫理学演習スケジュールを掲載しました。 (last update:2015/04/29) 本研究室に在籍している教員、学生の簡単な紹介 2015年度の授業 --> 第二演習・応用倫理学演習スケジュール(2015) 『実践哲学研究』 最新号:第36号 --> 第34号までのすべての論文は、京都大学学術情報リポジトリからご覧いただけます。 情報倫理の構築プロジェクト ヒトゲノム計画の倫理的側面の研究 倫理学研究室のプロジェクト・読書会など 倫理学研究室の歴史 倫理学専修の大学院(修士課程)を志望される方へ 倫理学研究室Twitter ご意見、ご質問、ご感想その他はinfo[+@]ethics.bun.kyoto-u.ac.jpまでお願いいたします。
情報倫理とポルノグラフィー 加藤尚武(京都大学) 1998年6月14日 情報倫理学が直面している問題のひとつは、サイバーポルノに対して、規制主 義で臨むか、放任主義で臨むかという問題である。 規制主義は、ポルノ自由化の基礎理論は、他者危害と不快防止原則であって、 ポルノ自由化の条件は、印刷物であること、密室でのみ見られることであり、 サイバースペースはその条件を満たしていないから、規制することは自由主義 の原則(他者危害と不快防止原則)のもとで正当であるという主張となる。また、 ポルノを鑑賞する「愚行権」の行使は「判断能力のある成人」という条件を満 たさねばならず、青少年に対してポルノ鑑賞の機会を提供することは、愚行権 の濫用の機会を与えるものであると主張する。私は、この意味で規制主義に賛 成である。 放任主義の主張は、高度の情報化社会の生みだす最大の危険は、ビッグブラザー の成立であり、
加藤尚武のホームページ 目次 死者をして安らかに浄化への道を歩ましめよ 09/27/2001 ゲルニカを忘れないで 09/24/2001 連続テロに対する報復戦争の国際法的な正当性は成り立たない 09/19/2001 (In English: In terms of international law, there is no legitimacy for wars of retaliation against the recent terrorist attacks) 21世紀にも刑罰は存在するか 10/25/2000 最新・生命倫理学入門 05/10/2000 日本倫理学会のための三つのエッセイ 04/23/2000 美術館の倫理学 04/09/2000 悪の哲学誌 12/16/99 1997年に書かれたもの 1998年に書かれたもの 1999年に書かれたもの お詫びと訂正 「金属バッ
はじめに 道徳理論において、人格(person)は重要な概念である。一般的に、人格は道徳的責任や義務、権利などの主体である。また、道徳的問題を論じるに当たっては、利害を考慮する単位となることも多い。多くの哲学者たちが人格固有の価値や不可侵性(inviolability)について語ってきた。 だが、デレク・パーフィットは、次のような問いをわれわれに投げかける。われわれは、それほどまでに人格という概念を重視すべきなのだろうか。それはこの概念の実質を捉え損ねてはいないだろうか。人格の価値について語るとき、われわれが本当に価値を置いているものは何なのか。自分自身の生にとって真に重要なものは何なのか。通念を取り払って考えてみてはどうだろうか。 本稿では、パーフィットが提唱する人格の還元主義と、この人格概念が道徳理論、特に配分原理と平等論に与える影響について検討する。配分原理と平等に関する道徳的議論で
以下の文章のWEB上での公開に関する注意 以下の文書は、ロジャー・スティーヴン・クリスプ博士(Dr. Roger Stephen Crisp)の論文「平等とその含意」(Equality and its Implications)の全訳です。この翻訳は、クリスプ教授の許可により、『実践哲学研究 第23号』(京都大学倫理学研究室内 実践哲学研究会)に掲載されたものを、クリスプ教授に再び許可を受けてWEB上で公開するものです。 この文書に関しては、個人使用の目的でダウンロードすることのみ許されます。再配布や再掲載等の行為は著作権の侵害にあたります。 Except for the download for the purpose of private use, NO PART of this document may be duplicated, republished, re-uploaded,
現象学批判 加藤尚武(京都大学文学部) 現象学者と呼ばれる哲学者が何かを書いたり語ったりする。だいたいは彼らの仕事 は文字で書かれる。たとえば「リアルな存在者であれ、イデア的な存在者であれ、あら ゆる種類の存在者そのものが、<まさに能作によって構成される、超越論的主観性の 形成物>として理解される」(フッサール『デカルト的省察』I、118)という文章を書く。 「物は意識によって形づくられる」という趣旨だと思う。この文章を書くときフッサールは 、物(存在者)とそれを構成する能作との関係を、もしかすると記述している積もりであ ろう。しかし、記述されると見なされている能作と構成物の関係は、フッサール自身の 経験から取られたにちがいない。すると、実際には自分が過去に経験したことを想い 出して書くか、あるいは現在フッサールが経験していることを書くかするのだろう。意識 が対象を構成する作業そのものを、
実践哲学研究 趣旨 われわれの社会が直面している現今の状況は、倫理学の重要性を日増しに痛感させるものである。しかしながら、ひとくちに倫理学といってもその対象は多岐にわたる。諸分野の共同なしには研究の進展はない。それゆえ、われわれ京都大学倫理学研究室大学院生は、みずからの研究を公にすることによって、広く諸姉兄の批判と判断を仰ぎ、各自の問題意識を深めると同時に相互の交流を図るべく、ここに『実践哲学研究』を発行する。 当会では賛助会員制度を設け、会誌の読者の皆様にご支援をお願い致して おります。例年多数の方々のご協力をいただき、誠にありがとうございます。 当会では、会誌の充実を含め、なお一層の努力を致す所存でございますので、 今後とも引続きご支援のほどよろしくお願い致します。なお、賛助会費は年一 口1000円〜お願い致しております。また、執筆料は18000円となっております。(特集記事、研究報告
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