16年前のバンクーバー五輪。日本スノーボード界の第一人者は、思わぬ「ヒール役」となった。日本を巻き込み、大きなうねりを生んだ狂騒の中で、彼が貫き通した美学とは、一体何だったのだろうか? ミラノ・コルティナ五輪で再び注目を集める、かつてのレジェンドが語ったインタビューを再掲します。《全2回の2回目/最初から読む》(初出:Number920号/2017年1月26日発売 肩書などはすべて当時) 時計の針を2010年のバンクーバー冬季五輪まで戻す。 國母和宏は当時21歳だった。2月12日に開会式を控えたハーフパイプチームは、その3日前、バンクーバーへ出発。そのときの姿がワイドショーで放送され、物議を醸した。レゲエミュージシャンを思わせるドレッドヘアに、大ぶりなサングラスをかけた國母は日本チームの公式スーツを独特の「着崩し」で決めていた。腰でパンツをはき、シャツはパンツの外に出しネクタイも緩めていた