東京帝大から解雇されて激怒 西大久保に引っ越してから丸1年が過ぎた明治36年(1903)3月、ハーンは東京帝国大学を解雇された。 日露戦争開戦の1年前、朝鮮半島と満州の支配権をめぐり日本はロシアと一触即発の状況だった。三国干渉の時の屈辱を忘れず臥薪嘗胆がしんしようたんの思いで富国強兵に励み、大国ロシアに戦いを挑む強力な近代国家に成長している。日本人の自尊心も高まってきた。 もはや、給料の高いお雇い外国人に頼らずとも、日本人の力で近代化をやり遂げることができる、そんな風潮が顕著になっている。東京帝国大学でも外国人の教授や講師との契約を打ち切って、欧米から帰国した留学生に置き換える方針を立てていた。講師の身分でありながら大学総長と同額の高給を貰もらっていたハーンは、恰好のターゲットだったようである。 しかし、ハーンの講義は学生たちには人気があった。解任の噂が流れると「ヘルン先生のいない文科で学