サクサク読めて、アプリ限定の機能も多数!
トップへ戻る
大谷翔平
www.nikkei-science.com
蜂蜜と酢を混ぜた伝統薬は単独よりも殺菌効果がはるかに高い 蜂蜜と酢を混ぜ合わせた「オキシメル」は伝統的な薬で,大昔からあった。中世の薬屋が売り,ヒポクラテスが処方し,医師で哲学者でもあったイブン・スィーナー(Ibn-Sīnā)はその効果を激賞した。現代ではそのような混合物は傷口につけるよりもサラダにかけるべきものに思えるが,抗生物質耐性菌が増えつつあるなか,難治性の感染症と闘う新たな方法が強く求められている。最近のMicrobiology誌に発表された研究は,この点でオキシメルが実際に役立つ可能性があると報告している。 「現在,蜂蜜と酢酸はそれぞれ単体で創傷感染の治療に使われている」が,通常は混ぜて使うことはないと,この研究論文の共著者で伝統薬の抗菌特性を研究している英ウォーリック大学の学際研究者コネリー(Erin Connelly)はいう。蜂蜜は高い糖濃度と酸性度で細菌にストレスを与えて
白菜に葱,大根,人参──こうした野菜はどれも日本の食卓に欠かせないものだが,来歴をたどれば全て原産地は海外だ。たとえば白菜の原産地は中国北部,人参の原産地はアフガニスタンやイランのあたりとされる。大陸から海を渡ってきた縄文人や渡来人と同様,野菜もまた海の彼方からこの日本列島へやってきたのだ。しかしゲノム解析によって,赤飯やあんこに使われるアズキが縄文時代の日本列島で作物に変化し,アジアの大陸地域へ広まった作物であることが明らかになった。この研究を行った,国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)上級研究員の内藤健に話を聞いた。 続きは2024年2月特大号の誌面でどうぞ。 協力 内藤 健(ないとう・けん) 農研機構遺伝資源研究センター上級研究員。農業への応用の観点から,海沿いや乾燥地,寒冷地など様々な環境に適応する野生アズキ類を幅広く研究している。 サイト内の関連記事を読むゲ
イヌは最も古くから人間のそばで生きてきた動物だ。2万~4万年前にユーラシア大陸でハイイロオオカミから分かれて,猟犬として飼い馴らされた。日本列島には縄文時代に入ってきたとする説が有力で,国内最古のイヌの骨は神奈川県の夏島貝塚から出土した約9500年前のものだ。愛媛県の上黒岩岩陰遺跡では7200~7400年前にイヌを埋葬していたとされる骨も見つかっていて,考古学的な史料からは「縄文犬」が狩猟採集を営む縄文人にとって欠かせない存在だったことがわかる。 最近の研究では,日本列島におけるイヌの変遷も少しずつ見えてきた。遺跡から出土した縄文犬の骨からミトコンドリアDNAを抽出して配列を調べたところ,全て縄文犬だけに見られる固有のタイプで,1万1500年前に大陸で他のタイプから分岐していることがわかった。夏島貝塚の年代も考慮すると,イヌは9500~1万1500年前の頃に日本列島に入ってきたとみられる。
1万6000年前から3000年前まで日本列島で縄文文化を支えた縄文人の遺伝子はいま,どこにあるだろう。縄文人集団と,大陸から渡来した東アジア人集団が混血して現在の日本人集団となった。縄文的特徴は薄くなったが,その遺伝子のかけらは今も日本人集団の中に存在している。縄文人のかけらを現代日本人のゲノムから抽出しようという研究が進んでいる。 東京大学大学院理学系研究科でヒトゲノム多様性をテーマに研究している渡部裕介と大橋順のグループは2023年,日本の現代人ゲノムから縄文人に由来するとみられる変異を特定し,それに基づいた「縄文人度合い」で日本本州の各地域の差異を見ることに成功した。 さらに,縄文人由来変異は今の日本人に具体的に表れている形質,つまり表現型を見る新しい視点にもつながる。日本人のゲノムを「縄文人由来」と「渡来人由来」に分類し,これまでのゲノムワイド関連解析でわかってきた60種類の量的形
ノルウェー科学技術大学のデータ科学者ベンジャミン・A・ダンが1枚の画像を見せてくれた。点が均一ではなく,なんとなくストーンヘンジの岩のように分布している画像だ。その全体的なパターンは少なくとも人間には明らかだ。「私たちが見ればこれは間違いなく円だ」とダンは言う。しかし,コンピューターはこのシンプルな形を認識するのに苦労するだろう。「コンピューターは全体像をつかめないことが多い」。 多くの科学プロセスにはループ,つまり繰り返しが含まれている。コンピューターがこうした関係性を捉えられないことは,極めて多数のデータ点に潜む円形パターンを明らかにしたい科学者にとって問題だ。データは多くの場合,夜空の星のように,空間に浮かぶ点として視覚化される。例えば,公海上での船の位置を示す緯度と経度の2個の数字は,物理的位置として1つの点でプロットされる。同様に,遺伝子は多くの次元を持つ数学的空間中にプロットで
「木を見て森を見ず」ということわざの存在は,物事の全体像を捉えるのがとかく難しいことを表している。ビッグデータの解析は,ちょうど巨大な森を一望しようと試みるようなものだ。近年のデータサイエンスでは,ビッグデータの全体的な構造をうまく捉える「トポロジカルデータ解析」という手法が注目されている。今世紀に入ってから急速に発展したこの手法は,材料科学や生命科学から企業の技術戦略に至るまで,幅広い分野で威力を発揮しつつある。� トポロジカルデータ解析とは,その名の通りトポロジー(位相幾何学)を使ったデータ解析手法だ。トポロジーで最も有名なのは,「穴の開いたドーナツと持ち手の付いたコーヒーカップ」の例だろう。トポロジーの観点で見ればこの2つは同じ形だ。どちらも立体の中に穴が1個貫通しており,穴を残したまま残りの部分を粘土のようにぐにゃぐにゃと変形させれば,両者の形の間を自在に行き来できる。 中学校の数
この半世紀における最も衝撃的な発見の1つは,私たちの住む世界が局所的かつ実在的であるという,これまで当然とされていた前提が覆ったことである。ここでいう「実在」とは,物体が観測とは無関係に確定した性質を持つ,という意味だ。一方「局所的」とは,物体は周囲の環境からしか影響を受けないし,その影響が光より速く伝わることはない,ということを意味する。ところが量子物理学の最前線の研究は,この2つの性質が両立することはありえないことを明らかにした。 この発見は,私たちの日常的な経験とは大きく違っている。かつてアインシュタインはこれを嘆き,友人に「君は本当に,君が見ていないときには,月はそこにないと思うのかい?」と問うたという。作家ダグラス・アダムスの言葉を借りるなら,局所実在の前提を捨てることには「多くの人がたいへん立腹したし,よけいなことをしてくれたというのがおおかたの意見だった」(『宇宙の果てのレス
ある数学愛好家が発見した帽子に似た図形に数学界が沸き立っている 英ヨークシャー在住の数学愛好家スミス(David Smith)が,とある13角形を発見した。数学者による探索を何十年もかいくぐってきた図形だ。いかつい帽子に似たその形(次ページの図で太線で描かれている図形)は,ドイツ語で「1個の石」を意味する「アインシュタイン」という名で呼ばれている。アインシュタイン・タイルを使うと浴室の床を隙間なく敷き詰めることができ,しかも同じパターンが繰り返されることが決してない。浴室の床だけでなく,どんな平面でも,それが無限に広がっていても,これが可能だ。 非周期的にしか敷き詰められないタイル 数学者は長年,敷き詰めが必ず非周期的になる「強非周期的タイル張り」を実現するタイル形状を探し求めてきた。まず見つかったのは形状が様々に異なるタイルのセットだった。1964年に発見された最初のセットは2万426種
2023年のノーベル化学賞は,「量子ドットの発見と合成」の業績で米マサチューセッツ工科大学のムンジ・バウェンディ(Moungi Bawendi)教授,米コロンビア大学のルイス・ブルース(Louis Brus)教授,旧ソビエト出身のアレクセイ・エキモフ(Alexei Ekimov)氏の3氏に贈られる。 高性能ディスプレー,安価な太陽電池,体内の物質動態を追いかける蛍光マーカーなど,今,極めて幅広い技術に応用されつつあるのが量子ドットだ。量子ドットとは,直径が数ナノメートルから数十ナノメートル(ナノは10-9,つまり10億分の1)ほどの半導体の微粒子のことだ。 物質をナノサイズに縮めると,中の電子が狭い範囲に閉じ込められ,物質の特性が大きく変わることは,量子力学が確立して間もない1930年代から理論的に予測されていた。 1980年代前半,旧ソ連の研究者エキモフ氏は,塩化銅を同じだけ添加した色ガ
2023年のノーベル物理学賞は「物質中の電子ダイナミクスを研究するためのアト秒パルス光の生成に関する実験的手法」に対して,米オハイオ州立大学のピエール・アゴスティーニ(Pierre Agostini)名誉教授,マックス・プランク量子光学研究所のフェレンツ・クラウス(Ferenc Krausz)教授,スウェーデン・ルンド大学のアンヌ・ルイリエ(Anne L’Huillier)教授の3氏に授与される。 電子は文字通り目にもとまらぬスピードで物質中を移動する。その動きを撮影するカメラがあれば,様々な物理現象の解明や材料開発に役立つ。しかしそのためには,ごく短い時間だけ光る「フラッシュ」が必要だ。フラッシュが光る時間が長いと,その間に電子が動き回ってブレてしまう。 まず,1980年代の後半に原子のレベルで化学反応を捉える手法が登場した。フェムト(10-15,つまり1000兆分の1)秒だけ光るレーザ
2023年のノーベル生理学・医学賞は,新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に対する効果的なmRNAワクチンの開発を可能にしたヌクレオシド塩基修飾の発見に対して,米ペンシルベニア大学のカタリン・カリコ(Katalin Karikó)非常勤教授と同大のドリュー・ワイスマン(Drew Weissman)教授に授与される。 mRNAワクチンはCOVID-19ではじめて実用化したワクチンだ。その構造は簡単で,脂質膜でできた100nmほどのカプセルの内側に人工的に合成された紐状のmRNAが閉じ込められている。COVID-19向けのワクチンの場合,mRNAにはウイルスの表面に突き出した突起部(スパイク)の設計情報が記載されている。 これまでのワクチンには,弱毒化生ワクチンや不活化全粒子ワクチンといった病原体をまるごと含むワクチンや,病原体の一部のタンパク質だけを培養細胞の中で合成した組み換えタン
2004年12月のある朝,老人と子どもたちがベンガル湾にあるストレイト島の海岸を散歩していた時,1人がおかしな状況に気づいた。海面が普段より低くなり,通常は弱光層(海中の光がぎりぎり届く層)に暮らしている奇妙な外見の生き物たちが海面近くで跳ねていた。“Sare ukkuburuko!(海がひっくり返ってしまったぞ!)”とナオ・ジュニアは叫んだ。自分の母語を通して何千世代にもわたって伝えられてきた知恵の最後の継承者の1人として,ナオ・ジュニアはこの奇妙な現象が何を意味するかを知っていた。アンダマン諸島の他の先住民もナオ・ジュニアと同様知っていた。先住民たちはみな内陸の高台へ駆け上がった。先祖伝来の知識が壊滅的な津波から先住民たちを救ったのだ。数分後,津波はインド洋沿岸全域の海岸線に押し寄せ,22万5000人余りがこの津波にさらわれた。 私が初めてナオ・ジュニアに出会った時,彼は今なお先住民族
脳科学と人工知能(AI)研究は,互いに影響を与えながら発展してきた。脳科学はAI開発のインスピレーションとなり,機械学習は脳を理解するためのヒントとなる。昨今のAIにおけるブレイクスルーもまた,脳科学に示唆をもたらしつつある。 脳を理解するために有用な視点に「座標系」がある。実際に脳科学は,脳が様々な情報をマップする多様な座標系を持つことを明らかにしてきた。その一方,異なる種類の座標で得た情報をどう統合するかというバインディング問題が未解決のまま残されてきた。 現在,AIの世界では,ChatGPTなどの大規模言語モデルが依拠するTransformerアーキテクチャの威力が驚きをもって受け止められている。このTransformerと脳との対応を精査することは,実は脳がどのようにバインディング問題に対処しているかについて重要な示唆を与える。 さらに,Transformerの成功は,脳が現在や過
1990年代初頭,独ベルリン自由大学の博士課程の学生だった私はハナバチにおける色覚の進化のモデル化に取り組んでおり,植物学の教授に花の色素について尋ねたことがあった。ハナバチに合図を送るために花が色を作り出す自由度がどの程度あるのかを知りたかったのだ。彼は私と議論するつもりはないといくぶん不機嫌な様子で答えた。理由は,私が所属していた研究室が生きたミツバチに対して侵襲的な手法を用いていたからだ。その教授は昆虫には苦痛を感じる能力があると固く信じていた。私はこりゃダメだ,この先生は正気じゃないと諦めて彼の研究室を後にしたのを覚えている。 当時は私の考え方が主流派だった。苦痛は意識的経験であり,多くの学者が意識は人間に特有のものだと考えていた。しかし,数十年にわたってハナバチの知覚や知能を研究してきたいま,私はベルリンの植物学教授は正しかったのではないかと考えている。 この間,ハナバチなどいく
あなたがはめているプラチナや金の指輪には,宇宙における大きな謎が秘められている。そうした重元素が生まれる場所を突き止めるため,銀河宇宙がくまなく探されてきた。軽い元素,具体的には原子1個に陽子2個を持つヘリウムから,陽子26個を持つ鉄までの元素の起源はかなりわかっている。それらの大半は星内部の核融合で作られる。一方,鉄より重い元素については,私たちの知識は曖昧になってくる。原子1個に陽子79個を持つ金はそうした方法では作られない。白金(プラチナ)やキセノン,ラドン,多くのレアアースも同様だ。 こうした重元素の起源やそれらが地球に存在するようになった理由について,数十年にわたって議論されてきた。最も有力な仮説は,宇宙で起こった非常に激しい現象が引き金となった「速い中性子捕獲(r過程)」だ。最近まで,この説には観測的証拠がなかった。状況が変わったのが数年前,中性子星合体の際の重力波が検出され,
日経サイエンス編集部 2023年6月21日発売 A4変型判 27.6cm×20.6cm 128ページ ISBN978-4-296-11789-5 定価2,420円(10%税込) ご購入はお近くの書店または下記ネット書店をご利用ください。 男性と女性を二分する性の捉え方は,生物学的にも文化的にも不十分なものとして認知されるようになった。一方,多様性をめぐる誤解や誤った対応はしばしば問題を引き起こしている。科学の知見をもとに,広い視野から個と社会の幸福と利益を考える。別冊228「性とジェンダー」のリニューアル版。 日経サイエンス編集部 はじめに 第1章 性とジェンダー 科学の視点から 男女関係の神話 C. ファイン/M. A. エルガー 男女の脳はどれほど違う? L. デンワース トランスジェンダーの子どもたち K. R. オルソン 性はXとYだけでは決まらない SCIENTIFIC
宇宙はどのくらいの速さで膨張しているのか? 私たちの近くの宇宙では物質がどれほど寄り集まっているのだろう? こうした問いに答える方法は2つある。初期宇宙の観測結果を現在の宇宙に外挿する方法と,近傍宇宙を直接観測する方法だ。だが問題がある。この2つの方法から得られる答えが常に異なっているのだ。 こうした矛盾の最も単純な説明は,単に観測のどこかに間違いがあるというものだが,もっと驚くべき別の可能性も考えられ始めている。理論的予測と観測,初期宇宙と後期宇宙という2つの面で高まっている緊張関係は,宇宙に関する私たちの知識や前提をもとにした宇宙論の標準モデルに何か重大な欠陥があることを示しているのかもしれない。その欠陥を見つけ出して修正できれば,宇宙についての理解は一変するだろう。 「こうした緊張関係を追究することは,宇宙を知るための素晴らしいアプローチだ」とノーベル物理学賞を受賞したジョンズ・ホプ
米国立点火施設(NIF)の科学者たちは昨年12月,太陽で起こっているのと同様の核融合反応に基づくエネルギー源を作り出すという数十年来の取り組みでブレークスルーを達成したと発表した。「信じ難い技術的驚異」と自賛し,新聞各紙はこれを一斉に大きく報じた。Washington Post紙は「まさに記念すべきこと」と評した。テレビ解説者は核融合の未来について,クリーンエネルギーと世界の貧困の問題を解決し,世界平和をもたらすだろうとまで述べた。 検分してみると,今回の前進はこれらの報道が示すほどセンセーショナルなものではない。研究者が達成したのは,核融合反応を起こすのに要したのを上回るエネルギーを生み出す「点火」という条件だ。だが,その規模は実際の発電に必要とされるものには程遠く,ましてやクリーンエネルギー新時代の先触れとはいえない。核融合反応を起こすのに要したエネルギーとして報告されたものは,装置の
昨年12月,核融合に取り組んでいる物理学者たちがブレークスルー達成を宣言した。カリフォルニア州にある米国立点火施設(NIF)のチームが,制御核融合において反応を起こすために投入された以上のエネルギーを取り出したと発表したのだ。これは世界初であり,物理学にとって重要な一歩だ。だが,核融合をエネルギー源として実用化するには程遠い。注目を集めたこの発表が生んだ人々の反応は,核融合研究に対するお決まりのパターンとなった。この技術の熱心な支持者たちは喝采し,懐疑的な人々は相手にしなかった。懐疑派は,これまでも科学者はあと20年(ここには30年や50年など適当な数が入る)で核融合発電が実現すると請け合い続けてきたと訴える。 こうした強烈な反応は,核融合への高い期待を反映している。化石燃料燃焼から生じた気候危機を軽減できるクリーンで豊富なエネルギー源がますます切望されている。軽い原子核を融合させる核融合
核融合の実現を目指した巨大実験装置の準備が,日本と欧州で佳境に入っている。茨城県那珂市の量子科学技術研究開発機構(QST)に日欧共同で建設した核融合実験装置「JT-60SA」は,5月末に試験運転を開始した。超電導コイルが作り出す強い磁場によってプラズマをドーナツ形の空間に閉じ込め,模擬燃料の重水素2つを融合してエネルギーを発生させる。 装置は2020年に完成したが,試験運転を始めたところ,電流を流す電路の絶縁が劣化し放電を起こすトラブルが発生した。問題箇所を洗い出し,100カ所以上を補修して,2年2カ月ぶりに試験運転の再開にこぎつけた。今秋にプラズマの生成実験を開始する見通しだ。 一方,日本,米国,欧州,ロシア,韓国,中国,インドの7極が共同で南フランスで開発を進めている国際熱核融合実験炉ITERは,建設が全体の8割まで進み,その巨大な姿を現し始めた。2025年にプラズマの生成実験を開始し
ジョン・A・ホイーラー(1911~2008) 量子論の創始者ボーアの直弟子で,アインシュタインの友人だった20世紀最後の物理学の巨人,ホイーラー(John Archibald Wheeler)が4月13日,96歳で死去した。ブラックホールの名付け親で,相対性理論や量子重力理論など幅広い分野で成果を上げたが,それ以上に,傑出した物理学者を数多く育てた名伯楽として知られた。ノーベル賞を受けたファインマン(Richard Feynman)や重力とブラックホールの理論で著名なカリフォルニア工科大学のソーン(Kip Thorne),量子コンピューター理論を提唱した英オックスフォード大学のドイチュ(David Deutsch)ら,独創的でしばしば型破りな研究者たちだ。 「ホイーラーは次代の物理学に何が重要かを見抜く類まれな勘を持っていた」とドイチュはいう。常に物理学を幅広く見渡し,宇宙の本質を追究する
ゴームリー(Tara Ghormley)は頑張り屋さんだ。高校時代の成績はクラスで一番,大学の学部を最優等で終え,獣医学の専門課程でも優等生だった。厳格な訓練をこなして獣医内科の専門医として立派なキャリアを築いてきた。だが2020年3月,新型コロナウイルスSARS-CoV-2に感染した。パンデミック宣言から間もなく,当時住んでいたカリフォルニア州中部の海沿いの小さな町の近くでもアウトブレイクが発生し,町で24番目の感染者となった。「感染で一番にならなかったのは,まあよかったと思う」という。 体内からウイルスがほぼ消えてから3年近くたったいまも,ゴームリーは体調不良に苦しんでいる。すぐに疲れ,心拍が急に速まり,集中できず頭がぼんやりする時期がたびたび繰り返す。ほぼ毎日を暗い室内で休んで過ごすか,多くの医師の診察を受けに行く。 パンデミック初期に感染して現在も不調が続いている彼女は,いわゆる「
「この小説の続きを考えて」「英文を和訳して」「新商品のアイデアを出して」──ChatGPTは,人間のあらゆる無茶振りにまじめに答えてくれる対話型AIだ。ユーザーによって色々な使い方が考案され,「こんな使用法がある」「AIがこんな回答を返してきた」といった話が日々のニュースやSNSを賑わせている。 しかし,このAIが最も興味深い姿を見せてくれるのは,人間の質問にうまく答えられた時ではなく,間違った回答をした時だ。数学の問題を解かせると,ChatGPTは人間がまずしないような,妙な間違い方をすることがある。突然しれっと「もっともらしいウソ」をつき,文章の文法構造を問うととんちんかんな答えをする。 実は,ChatGPTはネット上にある大量のテキストを読み込んで文章中の単語と単語の関係性を学習しているだけで,四則演算をはじめとした数学や,国語の文章の読解方法といった個々の知識体系を一切教えられてい
角のついた兜を被り,手斧を握って,帆走する海賊船でヨーロッパ各地の街や教会を荒らし回る北欧出身の蛮族集団。わたしたち日本人にとってのヴァイキングのイメージは,このようなものではないだろうか。確かに,日本でも親しまれたルーネル・ヨンソン原作のアニメ『小さなバイキングビッケ』(1974〜1975年放映)やカーク・ダグラス主演の映画『ヴァイキング』(1958年公開)で描かれるヴァイキングは,海賊イメージそのものである。 しかし,略奪に見舞われた側が残した記録に基づく海賊のイメージは,間違いではないが,ヴァイキングの一面を捉えているにすぎない。近年の歴史研究によれば,ヴァイキングは,故郷のスカンディナヴィアから海を越えて,東は現在のロシア,トルコ,さらには中央アジアに至るまで,西はスコットランドやアイスランドを越えて北米大陸に至るまでの広大な範囲に定住そして交易ネットワークを築いていたことが強く主
去る雨の日の午後,人工知能の研究・開発企業であるOpenAIのアカウントにログインした私は,文章生成AIのGPT-3に次のような簡単な指示をタイプした。「GPT-3に関する学術論文を500語以内で書き,参考文献とその引用先を本文に付記せよ」。 GPT-3が文章を生成し始めると,私はその能力に圧倒された。それは学術用語で書かれた斬新な内容で,適切な場所に適切な文脈で参考文献が引用されており,見たところ,まずまず出来の良い科学論文の序論のようだ。与えた指示が漠然としたものだったので,内心あまり期待はしていなかった。GPT-3は深層学習を用いたアルゴリズムで,書籍やウィキペディア,SNS,科学論文などの膨大な量の文章を解析し,指示に応じて執筆する。だが,私は驚きのあまり画面にくぎ付けになっていた。GPT-3のアルゴリズムは本当に,自分自身についての学術論文を書いていたのだ。 再録:別冊日経サイエ
2022年のノーベル化学賞は,任意の有機分子を自在に結合して複雑な分子を簡単に作る「クリックケミストリー」の技術開発に貢献した米スクリプス研究所のシャープレス(K. Barry Sharpless)教授とデンマーク・コペンハーゲン大学のメルダール(Morten Meldal)教授,そしてクリックケミストリーを有毒な触媒を使わずに実現し,生体内で実行できるようにした「生体直交化学」の手法を開発した米スタンフォード大学のベルトッツィ(Carolyn R. Bertozzi)教授に授与される。 様々な機能を持つ分子の合成を目指す化学において,私たちの体内にある生体分子は常にお手本となってきた。生物が作り出す分子の形状をそっくりまねようと,これまでに様々な化学反応の手法が考案されている。しかしそれらは多段階の合成過程が必要で効率が悪かったり,特殊な方法で応用が利かず,ある特定の分子しか作れないとい
2022年10月5日 2022年ノーベル物理学賞:量子もつれ光子を用いたベルの不等式の破れの実験と量子情報科学の先駆的研究で欧米の3氏に 2022年のノーベル物理学賞は,量子もつれ光子を用いたベルの不等式の破れの実験と量子情報科学の先駆的研究で,仏パリ・サクレー大学のアスペ(Alain Aspect)教授,米のクラウザー(John Clauser)博士,オーストリア・ウィーン大学のツァイリンガ−(Anton Zeilinger)教授に授与される。 量子力学によれば,2つの物体を相互作用させることで,物理的な性質を相関させることができる。例えば2つの光子の偏光を互いに直交させる,量子コンピューターの量子ビット2つが同じ値を取るようにするなどで,これを「量子もつれ」と呼ぶ。単に性質が相関するだけなら珍しいことではないが,量子もつれが特別なのは,もつれ合った2つの物体の性質が,測定するまで具体的
物理学者の多くは,内心「量子力学を理解した気になれない」と感じている。量子力学が語る現象が奇妙だから,ではない。それを言うなら「速く動くほど時間が遅れる」などと主張する相対論だって十分に奇妙だが,といって「相対論を理解した気になれない」と感じている物理学者はいない。 物理の理論の出発点となる原理の多くは,何らかの物理的な言明だ。「光の速さは観測者の速さによらず一定である」(相対論),「第二種永久機関は作れない」(熱力学),「加速度は力に比例する」(古典力学)などだ。こうした原理は実験で検証でき,検証できればそれは物理的な事実となる。事実から出発する理論は直観で理解できる。 ところが量子力学の理論はそうではない。その原理は物理的な意味がわからない抽象的な数学で書かれており,組み合わせて様々な計算をしないと,観測できる現象が出てこない。だから直観的に理解しにくい。また理論が正しいかどうか確認す
2022年のノーベル生理学・医学賞は,絶滅したヒト族のゲノム解析と人類進化の解明における功績で,独マックス・プランク進化人類学研究所のペーボ(Svante Pääbo)教授に授与される。 我々はどこから来たのか。今から約7万年前にホモ・サピエンスの集団がアフリカを出て,世界各地に広がっていったというのが定説だ。ペーボ教授は,世界各地から出土した古代の骨に含まれるゲノム配列を解析して現代の人類のゲノムと比較。我々のゲノムに,すでに絶滅したヒト族(ホミニン)であるネアンデルタール人や,最近新たに発見したデニソワ人の遺伝子が残っていることを見いだした。このことはアフリカを出たホモ・サピエンスがネアンデルタール人やデニソワ人とともに暮らして混血していたことを意味しており,人類史研究に衝撃を与えた。 何十万年も前の昔の骨にもDNAは残っているが,その配列を読むのは難しい。DNAが細かくちぎれて変質し
次のページ
このページを最初にブックマークしてみませんか?
『別冊・本 | 日経サイエンス』の新着エントリーを見る
j次のブックマーク
k前のブックマーク
lあとで読む
eコメント一覧を開く
oページを開く