注目の人物、籾井(もみい)勝人NHK会長がおとといテレビに出演。「視聴者にご心配をおかけした」とおわびしました。しかし、肝心の「(『慰安婦』は)どこの国にもあった」などの発言を反省してはいません▼公共放送として「信頼」を得ることにもふれ、真っ先にあげたのがテレビ小説「花子とアン」でした。翻訳家・村岡花子の生涯を描きます▼花子は放送とも縁が深い。1932年(昭和7年)にNHKのラジオで始まった「子供の新聞」の伝え手でした。「子供の時間」という番組の1コーナーです。美輪明宏さんが「ごきげんよう」と語るのは、花子が実際にラジオで使っていた言葉です▼日中戦争のさなか、「子供の時間」は、「ラジオ少国民の時間」と改称されます。41年12月8日、花子のもとに突然、放送局から電話がかかってきました。「休んでもらいたい」。花子自身が後に「その夜の『コドモニュース』は勇ましい(?)男の声で伝えられた」と記して
![きょうの潮流 2014年4月15日(火)](https://cdn-ak-scissors.b.st-hatena.com/image/square/8510216a130e7d5e9d1c2a4860958f4849328594/height=288;version=1;width=512/http%3A%2F%2Fwww.jcp.or.jp%2Fakahata%2Fweb_img%2Fakahata-kakusan.jpg)