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戦争に関するmsyk710513のブックマーク (320)

  • きょうの潮流 2015年7月23日(木)

    戦争法案の議論で「後方支援」という造語を忘れ、安倍首相も使うようになった「兵站(へいたん)」という任務。戦前の日軍では、武器・弾薬、料の輸送を輜重(しちょう)兵が担いました▼軍隊の中で差別、蔑視され、昼夜・天候の区別なく1日に何十キロと行軍する、つらい体験を語る人は少ない。その中で『日中戦争従軍日記―一輜重兵の戦場体験』は、2年間の実態を克明に伝え、貴重です。筆者は、27歳で出征した小学校教員、小原孝太郎氏(1980年没)。と生まれたばかりの子がいました▼輜重兵は、料や馬のえさの徴発(ちょうはつ)に出かけ、手榴弾(しゅりゅうだん)で反撃を受けるケースも多かったようです。いつのまにか200メートル先に敵の正規軍が迫り、「いよいよ最後か」と覚悟したこともありました▼南京近くでは別の輜重隊が、中国兵千人に遭遇し兵糧(ひょうろう)、弾薬を狙われました。「銃はないので、牛蒡(ごぼう)剣で中隊

    きょうの潮流 2015年7月23日(木)
    msyk710513
    msyk710513 2015/07/23
    兵站は立派な攻撃対象、分かってないと大変なことに。過去に学び、二度と戦争し無い道を続けよう。ましてWW2で侵略国家として世界に敵対した日本だ、その罪、何時までも忘れない。過ちは繰り返さない。
  • きょうの潮流 2015年7月12日(日)

    漫画家の水木しげるさん(93)が出征前につづった手記が5月末、家族によって発見され、『新潮』8月号に発表されました。20歳の時、1942年10月から11月にかけて執筆したと推測されます▼日が太平洋戦争に突入し、全国民が戦争に巻き込まれていった時代。成年男子は徴兵制によって、いや応なく戦地に送られました▼「将来は語れない時代だ。毎日五萬(まん)も十萬も戦死する時代だ」「今は考へる事すらゆるされない時代だ。画家だらうと哲学者だらうと文学者だらうと労働者だらうと、土色一色にぬられて死場へ送られる時代だ。人を一塊の土くれにする時代だ」▼画家を志し、芸術の美とは何かを追求して哲学書を読みふけり、聖書や仏教書に生きる意味を問う青年の姿が浮かび上がります。しかし輝かしいはずの青春の日々は、戦死の恐怖に塗りこめられていました▼「こんな所で自己にとどまるのは死よりつらい」。どうせもうすぐ死ぬのなら、自己を

    きょうの潮流 2015年7月12日(日)
    msyk710513
    msyk710513 2015/07/13
    戦争の非人道性が見える証言。観念論的に戦争したがる勢力に突きつけたい。安倍晋三、お前らだよ。
  • 負傷の友 壕に残した/「ひめゆり学徒隊」の戦跡めぐり/沖縄

    (写真)伊原第一外科壕(ごう)跡の碑の前で、戦争の悲惨さについて語る元ひめゆり学徒の島袋淑子さん(中央)ら=11日午後、沖縄県糸満市伊原(代表撮影) 太平洋戦争末期の沖縄戦で沖縄陸軍病院に看護要員として動員された「ひめゆり学徒隊」の足跡をたどる戦跡めぐりが11日、沖縄県で開かれました。ひめゆり平和祈念資料館が主催し、64人が参加しました。20年ぶりの企画で、85歳以上の8人の元学徒がバスの中や壕(ごう)の前で証言に立ちました。 暗い壕の中で 戦跡めぐりは、生徒らが通っていた沖縄師範学校女子部と県立第一高等女学校があった那覇市安里(あさと)からバスに乗り、沖縄陸軍病院や糸数アブチラガマ、ひめゆりの塔、伊原第一外科壕、解散命令後に追い詰められた荒崎海岸を回りました。 那覇市南東5キロの南風原(はえばる)町にあった沖縄陸軍病院。学徒たちは暗い壕の中で昼夜を分かたず働き続けました。師範科2年だっ

    負傷の友 壕に残した/「ひめゆり学徒隊」の戦跡めぐり/沖縄
    msyk710513
    msyk710513 2015/07/13
    同じ苦しみ、二度と誰にもさせたくない。ひめゆりの経験、今こそ。きな臭い今こそ逆流阻止へ。
  • 戦争法案の危険 歴史の事実で示す/“後方支援”の民間船も攻撃対象 神戸「戦没した船と海員の資料館」

    「後方支援」=「兵たん」を行う民間船も攻撃対象になり、犠牲者が生まれる―安倍政権が今国会で成立を狙っている戦争法案の危険性を歴史の事実が示す資料館が、神戸市にあります。(兵庫県・秋定則之) 日共産党の志位和夫委員長は、政府が「後方支援」と呼ぶ活動は国際的には武力行使と一体不可分の「兵たん」で戦争行為の一部だと、国会論戦や党首討論で、その違憲性を浮き彫りにし、安倍首相を追及しました。日米新ガイドラインでは、「中央政府及び地方公共団体の機関が有する権限及び能力並びに民間が有する能力を適切に使用」とされ、自衛隊だけでなく自治体、民間も戦争協力が求められ、米軍の起こす戦争に巻き込まれていきます。 民間船舶と船員 徴用され犠牲に 第2次世界大戦では、武器・弾薬・燃料・兵員などを戦場へ輸送し、石油や天然資源を日へ運ぶため、多数の民間船舶と船員が徴用され、犠牲になりました。 神戸市中央区にある「戦没

    戦争法案の危険 歴史の事実で示す/“後方支援”の民間船も攻撃対象 神戸「戦没した船と海員の資料館」
    msyk710513
    msyk710513 2015/07/05
    兵站も立派な戦争構成要素、法案推進派の言い分通用せず。過去の実例で悲劇を学び、今に生かすべし。戦争法案は廃案しかない。
  • 日曜版5日号/言論弾圧は戦争への道 みのさん語る/74歳の大学生 欽ちゃんも登場

    自民党議員らの会合で飛び出した言論弾圧・沖縄蔑視発言に怒りが広がっています。国民に謝罪しようとしない安倍首相。こんな政権に戦争法案を扱う資格はありません。キャスターのみのもんたさんや琉球新報前社長の高嶺朝一さんが「非常に怖い」と語ります。 戦争法案反対に立ち上がる若者たち。札幌でデモを呼びかけた19歳の女性などの思いを「Yモード」で。 PKO(国連平和維持活動)法改定案で、武器を使った治安維持活動を可能にしようとしている安倍政権。その危険性をアフガニスタンの「治安活動」で43人の死者を出したデンマーク軍の現実から見てみました。 シリーズ「この人に聞きたい」は、大学生になった萩欽一さん(74)。 過労死を広げる「残業代ゼロ」制度。その危険性を、長時間労働で倒れ、障害を負った男性が告発します。 詩人のアーサー・ビナードさんが語る「詩人は反骨」とは…。 国際的にみても深刻な日の母子世帯の子ど

    日曜版5日号/言論弾圧は戦争への道 みのさん語る/74歳の大学生 欽ちゃんも登場
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    msyk710513 2015/07/03
    行政の非情が殺人を招いた、銚子の事件。自民の暴言にマスコミから「恐ろしい」と。今週も多彩だ。
  • 14日に空襲被害者集会/山下・田村智子氏と実行委、懇談

    (写真)山下書記局長(右から3人目)、田村智子参院議員(左隣)と懇談する実行委員会の人たち=6月30日、国会内 全国各地の空襲被害者らでつくる「戦後70年・戦争被害のすべて解決を!実行委員会」の代表らが6月30日、国会内で日共産党の山下芳生書記局長、田村智子参院議員と懇談しました。 実行委の人たちは、空襲被害者への救済と国による被害実態調査などを内容とする「空襲被害者等援護法(仮称)」制定を目指す運動や、戦争被害の解決を求める集会(7月14日、8月14日)の取り組みを報告。実行委員長の中山武敏弁護士は「戦争被害者が一つになって大きくまとまろうとしている。集会を成功させ、立法化(同援護法制定)にむけて運動を広げたい」と抱負を語りました。 山下氏は、国会で審議中の戦争法案に対し多くの青年が反対の声をあげ運動が広がっていることを紹介し「戦争被害者を今後一人もださないというみなさんの取り組みを若

    14日に空襲被害者集会/山下・田村智子氏と実行委、懇談
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    msyk710513 2015/07/03
    あの空襲が国際法違反の無差別爆撃と、知らない人も多いのでは。そして賠償請求放棄してしまった政府が補償すべきであることも。70年経っても空襲被害者の戦争は終わらない。
  • きょうの潮流 2015年6月30日(火)

    四半世紀前の番組が胸に刺さりました。NHKアーカイブスで再放送された「ドキュメント 太平洋戦争 大日帝国のアキレス腱(けん)~太平洋・シーレーン作戦」。当時の戦争指導者が、日の国力を度外視して、いかに戦線を拡大し、破たんを招いたか。海上輸送に焦点をあてた番組です▼資源の少ない日にとって、頼みの綱は南方からの資源輸送ルートでした。しかし護衛艦もないまま単独航行をさせられていた日の輸送船は、アメリカの潜水艦などによって次々沈められます。日戦争指導者が、潜水艦から輸送船を守るために重い腰をあげたときは、もう手遅れでした▼当時の映像に、南方から日に持ち込もうとしていたコメが、米軍によって海中に捨てられている様子が残っていました。船は小型の木造船。大型船の大半を失った日は、何の装備もない木造船まで輸送船として動員したのです▼「兵庫民報」21日号が、神戸市にある「戦没した船と海員の資料

    きょうの潮流 2015年6月30日(火)
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    msyk710513 2015/06/30
    過去を顧みれば、二度と戦争しない誓いの素晴らしさが輝く。逆流に抗して闘う時だ、貴方も戦争法案反対で。
  • 2015 焦点・論点/夫 菅原文太の遺志継ぎ 沖縄に心寄せる/辺野古基金共同代表 菅原 文子さん/“日本は再び戦争しない”その願い立ち枯れぬよう声あげる時

    俳優の故・菅原文太さんは、昨年11月、沖縄県知事選挙で翁長雄志氏(現知事)の応援に立ち、約1カ月後急逝しました。の菅原文子さんはその遺志を継ぎ、今年4月、米軍新基地建設に反対する「辺野古基金」の共同代表の一人に就任しました。その思いは――。 聞き手 内藤真己子 (写真)すがわら・ふみこ 1942年東京生まれ。立教大学卒。2009年山梨県北杜市で夫らと、農業生産法人・おひさまファーム竜土自然農園を設立。完全無農薬の有機農業を営む。 撮影・片桐資喜 ―基金の共同代表に就かれたわけを聞かせてください。 「落花は枝に還(かえ)らず」といいますが、夫は小さな二つの種をまいて去りました。一つは、先進諸国に比べて格段に生産量の少ない無農薬有機農業を広めること。もう一粒の種は、日が再び戦争をしないという願いが立ち枯れ荒野に戻ってしまわないよう、ともに声をあげることです。今も生者とともにあって、これらを

    2015 焦点・論点/夫 菅原文太の遺志継ぎ 沖縄に心寄せる/辺野古基金共同代表 菅原 文子さん/“日本は再び戦争しない”その願い立ち枯れぬよう声あげる時
    msyk710513
    msyk710513 2015/06/30
    これはじっくり読んで欲しい。そして、時代遅れの軍事同盟にサヨナラを。再び戦争せず、基地押し付けも許さぬ。
  • きょうの潮流 2015年6月29日(月)

    私たちの未来のためにたたかう、と立ち上がる若者。わが子を戦場に送らせないと声を上げる母親。手をつないで平和の輪をつくる女性たち―。いま、全国で燃え盛る戦争法案反対の運動。それぞれが自分らしくアピールする姿が頼もしい▼「最後の力を出して戦争に反対する行動を起こしたい。国会前で抗議の座り込みをしてもいい」と、反対集会に駆けつけた93歳の瀬戸内寂聴さん。病み上がりの体に力を込め、二度と戦争をくり返してはならないと訴えました▼命の奪い合いにつながる法案を空理空論でこじつける。批判に耳をふさぎ、強引に傲慢(ごうまん)に突き進む政権。戦後70年間、ひたすら平和な世を望んできた戦争体験者の怒りや切迫感が伝わってきます▼今年、七巡り目の未(ひつじ)年を迎えた84歳の松野由(より)子さんもその一人。「独りデモ」と称して、25年前に教諭を退職した際に教え子たちが編んでくれた冊子『“戦争の子”のバトンを渡します

    きょうの潮流 2015年6月29日(月)
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    msyk710513 2015/06/29
    現代につながる課題。戦争法案を許してはいけない理由が過去の痛苦の経験にも。戦争を知る世代が力振り絞って世に訴えるんだ、僕らもできることを、戦争法案反対の闘いを。
  • 沖縄戦70年 戦没者追悼式/辺野古作業中止を 翁長知事が平和宣言

    沖縄戦から70年となる「慰霊の日」の23日、沖縄県と県議会は「沖縄全戦没者追悼式」を糸満市摩文仁(まぶに)の平和祈念公園で開きました。県内外から約5400人が参列し、不戦を誓い、恒久平和を願いました。 安倍晋三首相や関係閣僚、ケネディ駐日米大使も出席する中、翁長雄志知事が平和宣言を行いました。翁長知事は「強制接収された世界一危険といわれる普天間飛行場の固定化は許されず、『その危険性除去のため辺野古に移設する』との考えは、到底県民には許容できるものではありません」と強調。安倍首相を前に「政府においては固定観念に縛られず、普天間基地を辺野古へ移設する作業の中止を決断され、沖縄の基地負担を軽減する政策を再度見直されることを強く求めます」と力を込めました。 また、翁長知事は「アジア・太平洋地域の発展と、平和の実現に向けて努力してまいります」と沖縄の決意を語りました。 翁長知事の宣言に、たびたび大き

    沖縄戦70年 戦没者追悼式/辺野古作業中止を 翁長知事が平和宣言
    msyk710513
    msyk710513 2015/06/24
    日米政府要人たちは、来るだけで聞く耳持たぬ連中。でも知事は渾身の訴え。日米政府の強圧に屈し無い沖縄の闘い。この日に改めて誓う、二度と戦争してはならぬ。基地許さぬ。
  • 沖縄戦70年式典/ 戦争法案と新基地推進/安倍首相に県民の怒り

    「帰れ!」「何しにきた!」。23日正午すぎ、沖縄県糸満市の平和祈念公園で開かれた戦後70年沖縄全戦没者追悼式。あいさつに立った安倍晋三首相は、出席者から次々と罵声を浴びせられました。 「平和宣言」を読み上げる翁長雄志知事には絶え間ない拍手と声援。首相は名護市辺野古の新基地建設強行に対する県民の生々しい怒りにふれることになりました。 首相はあいさつで「辺野古」に言及せず、国会審議に関わる発言もありませんでした。戦争法案に関わる国会審議に影響を及ぼさないよう、計算を働かせたとみられます。 ただ、その言葉はあまりにも空疎でした。 首相は70年前の沖縄戦で20万人もの人命が失われたことに言及した上で、こう言いました。「この70年間戦争を憎み、ひたすら平和の道を歩んできた私たちの歩みに誇りを持ち、これからも世界平和の確立のため、不断の努力を行っていかなければならない」 平和国家・日の象徴である憲法

    沖縄戦70年式典/ 戦争法案と新基地推進/安倍首相に県民の怒り
    msyk710513
    msyk710513 2015/06/24
    安倍への罵声は当然だね、国民の平均よりもっと強く、県民の怒りは湧き上がっている。沖縄戦を忘れない、詳細に至るまで記憶と記録にとどめ、二度と戦争しない誓いを。折しも世界史的に、戦争の違法化が進行している
  • 沖縄全戦没者追悼式での翁長知事の平和宣言

    23日の沖縄全戦没者追悼式での翁長雄志知事の平和宣言は、次の通りです。 70年目の6月23日を迎えました。 私たちの郷土沖縄では、かつて、史上稀(まれ)に見る熾烈(しれつ)な地上戦が行われました。20万人余りの尊い命が犠牲となり、家族や友人など愛する人々を失った悲しみを、私たちは永遠に忘れることができません。 それは、私たち沖縄県民が、その目や耳、肌に戦(いくさ)のもたらす悲惨さを鮮明に記憶しているからであり、戦争の犠牲になられた方々の安らかであることを心から願い、恒久平和を切望しているからです。 戦後、私たちは、この思いを忘れることなく、復興と発展の道を力強く歩んでまいりました。 しかしながら、国土面積の0・6パーセントにすぎない県に、日米安全保障体制を担う米軍専用施設の73・8パーセントが集中し、依然として過重な基地負担が県民生活や県の振興開発に様々な影響を与え続けています。米軍再

    沖縄全戦没者追悼式での翁長知事の平和宣言
    msyk710513
    msyk710513 2015/06/24
    歴史の教訓汲み取った宣言の重みを政府与党は噛みしめるべし。9条生かし平和国家で、基地の無い沖縄を。
  • 主張/沖縄「慰霊の日」/戦争の惨禍を再び起こさせぬ

    きょう沖縄は、「慰霊の日」を迎えます。70年前の1945年、「ありったけの地獄を集めた」と形容される沖縄戦で日軍の組織だった抵抗が終わった日とされます。沖縄戦最後の激戦地、摩文仁(まぶに)の丘にある平和祈念公園(糸満市)では、県主催の「戦後70年沖縄全戦没者追悼式」が開かれます。式典に出席する安倍晋三首相は、戦争法案を画策し、日を再び「戦争する国」にしようとしています。沖縄の「慰霊の日」に込められた「戦争による惨禍が再び起こることのないよう」(県条例)にするとの県民の切なる思いを踏みにじることは許されません。 「沖縄らしさ」の原点 「艦砲ぬ喰(く)ぇー残(ぬく)さー」(艦砲の喰い残し) 45年4月、米軍が沖縄島に上陸した地点の一つ、読谷村の海岸線に、こう題する歌の碑が立っています。「艦砲ぬ喰ぇー残さー」とは、「鉄の暴風」と呼ばれた米軍艦の激烈な艦砲射撃をくぐり抜け、生き延びた人々のこ

    主張/沖縄「慰霊の日」/戦争の惨禍を再び起こさせぬ
    msyk710513
    msyk710513 2015/06/23
    見出しの通り。悪い過去の再来はお断り、悪い政権に立ち向かう闘いを国民規模で。
  • きょうの潮流 2015年6月23日(火)

    南の島に夏を告げるテッポウユリ。その白い大きな花が咲き乱れる中で生まれた沖縄の少女はユリと呼ばれ、元気に育ちます。しかし、家族に囲まれた幸せな暮らしは突然“鉄の暴風”にさらされます▼圧倒的な兵力と最新兵器で攻撃してくる米軍。守ってくれるはずの日兵にもガマ(洞窟)から追い出され、集団自決を強いられる。生き残ったユリは孤児院で来る日も来る日も母を待っていた―▼沖縄の郷土史家・大城将保さんが見聞きした実話をもとに書いた『石になった少女』の悲しい物語です。あらゆる地獄を集めたといわれ、県民の4人に1人の命が奪われた沖縄戦。70年たった今も多くの人びとが心に大きな傷を抱えています▼土防衛の捨て石と位置づけられ、軍民一体化のもとで住民の命とひきかえに続けられた地上戦。時間を稼ぐために戦いを引き延ばした島の南部では最も犠牲者を出し、今年も遺骨が見つかっています▼逃げ場を失い、次々と身投げした南端の一

    きょうの潮流 2015年6月23日(火)
    msyk710513
    msyk710513 2015/06/23
    過去に学び今の闘いへ生かす。皆、平和を守るために安倍政権を追い詰める闘いを、壮大な規模で。歴史の岐路だ。
  • きょうの潮流 2015年6月19日(金)

    軍事の天才と評されたナポレオンは、当時としては革命的な一歩を踏み出したといわれます。軍隊化された正規の補給部隊をつくり、引き連れたのです▼イスラエルの軍事学者が主に欧州の戦史を兵站(へいたん)の観点から研究した『補給戦』に詳しい。それによれば、軍隊を動かし、糧や弾薬を補給する兵站は戦いの勝敗を決してきた。「戦争のプロは兵站を語り、戦争の素人は戦略を語る」といわれるゆえんだと▼戦争を見れば見るほど、いかに管理と輸送に依存しているかがよく分かる。その兵站が軍事攻撃の格好の標的になることは「世界の常識であり、軍事の常識だ」。党首討論で共産党の志位委員長が迫りました▼安倍首相も兵站は「極めて重要」であると認めました。これまで自分たちで勝手につくった「後方支援」という造語でごまかしてきたものが、討論では「兵站」を連発。早くも化けの皮がはがれてきました▼首相は安全な場所で物資を渡すのが「常識」といい

    きょうの潮流 2015年6月19日(金)
    msyk710513
    msyk710513 2015/06/19
    兵站が先頭と切り離せないことが分かるね、合わせて戦前旧日本軍の兵站軽視の弊害も、戦争における兵站の重要性を語る。政府与党の詭弁が通用しないことの証左。戦争法案は廃案しかない。歴史の岐路で貴方も闘いを。
  • 2015 とくほう・特報/戦後70年―日本の戦争を考える/■ マレー半島での華僑虐殺

    軍による一般住民の虐殺はシンガポールにとどまりませんでした(4月27日付で「シンガポールの『華僑粛清』」掲載)。第25軍(山下奉文(ともゆき)=司令官)の戦闘部隊は、1942年2月15日にシンガポール戦が終了すると、一度南下したマレー半島に戻っていき、「敵性華僑狩り」という名で中国系住民の虐殺をはじめました。(山沢猛) 福岡県久留米市で編成された第18師団が南部のジョホール州を、広島城に司令部があった第5師団は、同州以外の半島全域を担当して分散します。そして軍司令官命令にもとづいて42年3月のほぼ1カ月間、マレー半島全域で蛮行を行いました。 東南アジアの被害者が証言 日軍の蛮行の被害者をマレーシアから招いて「証言集会」を開いてきたのが「アジア・フォーラム横浜」(吉池俊子代表)です。1994年以来毎年、アジア・太平洋戦争開戦の12月8日の前後に、東南アジアの証言者を中心に開催し昨年で2

    2015 とくほう・特報/戦後70年―日本の戦争を考える/■ マレー半島での華僑虐殺
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    msyk710513 2015/06/09
    まさに動かぬ証拠。これでも否認するのは通用しない、歴史の事実。なぜ大虐殺を実行したか、旧軍の体質が理解の助けになるかも。様々な文献で言及されているからそちらも。兎に角政府の責任とはいえ加害責任を忘れぬ
  • きょうの潮流 2015年6月8日(月)

    千人針に慰問袋、米や燃料の配給切符、紙製の衣服、「何がなんでもカボチャを作れ」と記された『戦時農園講義録』、防空訓練で使われた防毒マスクと警報機…▼東京の台東区立下町風俗資料館では、戦後70年を記念して、戦時下の暮らしを伝える多様な資料を展示しています。日中戦争が激化する中、1938年に施行された国家総動員法によって、日々の衣住すべてが戦争に巻き込まれていく様子が迫ってきます▼再現された灯火管制下の部屋は、電灯のかさに黒い布をかぶせ、窓一面に白い紙の目張り。座っていると、国家に光を奪われていく不安と、もしこうこうと明かりをつけたら非国民として糾弾されるに違いないという恐怖にとらわれます▼当時の婦人雑誌には、古着を仕立て直して機能的な服を作る特集が掲載され、型紙の付録も。乏しい配給を補うため家庭菜園の野菜を使った料理の紹介もあります。メディアがどのようにして女性を戦時体制へと動員していった

    きょうの潮流 2015年6月8日(月)
    msyk710513
    msyk710513 2015/06/08
    読売や産経を鵜呑みにしている人には薬として、大勢には警鐘として、赤旗読者には決意を固める文書として、今日のコラムを読もう。国家に強制される戦争は二度と繰り返すな。9条蹂躙許さない。
  • きょうの潮流 2015年5月29日(金)

    この欄でも紹介したAKB48の新曲「僕たちは戦わない」が店売初日に147万枚をこえる史上最高の売り上げを記録しました。振り上げた拳を下ろそう、と訴えた歌が若者の心をとらえているのでしょうか▼センターを務める島崎遥香さんは「この楽曲を通して『今、何が必要なのか』を少しでも感じていただけたら」とコメントしています。あたかも国会では戦争法案の審議中。生々しい戦場に踏み込んでいくかもしれない不穏な空気を、時代に敏感な若者たちも感じ取っているはずです▼イラクに派遣され、サマワの宿営地が何度も攻撃を受けたときから、自衛隊は「死」を内在化したといわれます。いつ戦闘に巻き込まれてもおかしくない現実。いくら条件を付けても、自衛隊の戦地派兵の拡大を目的とした法案が、彼らの危険性をさらにひろげることは明らかです▼共産党・志位委員長の質疑で、アフガンやイラク戦争派兵後に自殺した自衛官が54人にも上る異常な実態が明

    きょうの潮流 2015年5月29日(金)
    msyk710513
    msyk710513 2015/05/29
    時まさに進歩と反動の激突、戦争法案許すな。逆流押し返す闘いへ貴方も。
  • きょうの潮流 2015年5月22日(金)

    長野県上田市にある平林堂(へいりんどう)書店は隔週で地域の情報紙に売れ筋ランキングを発表しています。そこでちょっとした“異変”が起きているそうです▼2位、1位、2位。ことしの屋大賞に選ばれた『鹿の王』などを抑え、不破哲三さんの『「科学の目」で日戦争を考える』が最近の上位に入っているのです。民主書店とはいえ、さまざまな一般書が並ぶ大きな屋。担当者も「レジの横に置き書評も紹介しているが、ここまで売れるのは珍しい」と▼手にとる人のなかには遠来者や若者の姿も。戦後70年の節目にあの戦争は何だったのか、改めて考えてみたいという人が増えているのでは。担当者はそういいます▼党首討論で共産党の志位委員長が安倍首相の戦争認識を聞きました。あれは間違った戦争か、正しい戦争か。しかし、戦争の惨禍をくり返してはならないといいながら、最後まで「間違った」とは口にしませんでした▼先の大戦で日降伏の条件を定め

    きょうの潮流 2015年5月22日(金)
    msyk710513
    msyk710513 2015/05/22
    僕も買って読んだ、2日あれば読めた。当然のことを事実に基づいて述べて居るまで、これを攻撃するなんて考えられない。まあポツダム宣言無視の首相も居る日本だしなあ。
  • 戦争の善悪の区別がつかない首相に戦争法案提出の資格なし/党首討論で志位委員長が追及/“「ポツダム宣言」読んでいない”と首相

    戦争の善悪の区別がつかない首相に、日を『海外戦争する国』につくりかえる戦争法案を出す資格はない」。日共産党の志位和夫委員長は20日の党首討論で、日が過去に行った戦争に対する安倍晋三首相の認識を問いただし、戦争法案撤回を迫りました。 (関連記事) (討論全文) 志位委員長が党首討論にのぞんだのは11年ぶり。一連の国政選挙での躍進を受け、実現しました。 志位氏は、戦後70年の節目の年にあたって日が過去の戦争にどういう基姿勢をとるかが重大問題になっていると提起し、首相に「過去の日戦争は『間違った戦争』だという認識はありますか」と端的に問いました。 安倍首相は、村山富市首相談話(1995年)など「節目節目にだされている政府の談話全体として受け継いでいく」とのべるだけで、善悪の判断を正面から答えません。 そこで志位氏は、日が1945年8月に受諾し、戦後日の始まりとなった「ポツダ

    戦争の善悪の区別がつかない首相に戦争法案提出の資格なし/党首討論で志位委員長が追及/“「ポツダム宣言」読んでいない”と首相
    msyk710513
    msyk710513 2015/05/21
    時間制限で問題を絞って追及してこの結果。安倍政権はやはり危険だ。関連記事2本も宜しく。安倍の酷さは憲法以前・集自の是非以前。安倍は「戦後秩序転覆狙っている」と言ったも同然と気づけ。