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長年にわたって疑問に思いながら、それについてつい調べそびれてきたということが、数えればいくつもある。普段はその疑問すらも忘れてしまっていて、年に 2〜3度ぐらいふと思い出すのだが、「時間ができたら調べてみよう」と思いつつ、気がつけば何十年も経っている。 というわけで、今回は一大決心をして、その一つを調べてみた。何かというと、「『箸』はどうして "chopsticks" というのか?」という疑問である。「箸は英語で『チョップスティックス』というんだよ」と習ったのは、多分中学生だった頃である。それも 1年生か 2年生の頃だ。ということは、ほぼ半世紀にわたって 「どうしてなんだろう」と思い続けてきたことになる。 当時は 「チョップ」 と言えば力道山の空手チョップを連想するしかない時代で、どうしてまた、「食べ物をひょいとつまむ道具」が、「叩き切る棒」というイメージの「チョップスティックス」なんてこ
今回のエンブレム「パクリ」騒動で、当初から言われていたのは、「シンプルなデザインでは、類似はある程度避けられない」 ということだった。確かにタイポグラフィとか、単純な図形を組み合わせることによる平面的デザインは、どう組み合わせようともどこか似てきてしまう。 おまけに色に関しても「トレンド・カラー」というものがあって、Intercolor という国際団体が、世界の色使いの潮流をまとめ、動向を予測したりしている。デザイナーたちはこれを無視できないから、色使いまで似通ったものになりやすい。 だから、受けのいい平面的組み合わせにトレンド・カラーを乗せたら、どうしてもどこか似通った印象になってしまうのは避けられない。あとは 「おっと、そうきたか!」 と思わせるような意表を突いた組み合わせをするという手があるが、それにしたってすぐに陳腐化する。 そこへもってきてネット界隈には、今回のエンブレム騒動で類
オリンピック東京オリンピックのエンブレムに盗作疑惑が持ち上がっている。ベルギー、リエージュの Studio Debie が自らの Facebook Page で 「よく似ている」 と問題提起しているのだ(参照)。下の画像は、その Facebook Page への直リンクで表示しているのだが、確かによく似ている。 で、ネット上では「似ている」「盗作だ」「インスピレーションを得ただけじゃないか」「まったく別のデザインだ」 などなど、いろいろな見解が飛び交っているが、私としては、「似ている/似ていない」 という話の前に、佐野研二郎氏のデザインによる東京オリンピックのエンブレムにある "T" と "L" の 「"L" は一体何なんだ?」 ということを問題にしなければならないと考える。 Studio Debie による Theatre De Liege(「リエージュ劇場」 といえばいいのかな)のロゴ
「日本語の上手な人は、絵の上手な人よりずっと少ない」という記事を先月 25日に書いたが、Twitter でまさにそれを確認させるような tweet があって、一部で話題になった。Shichinohetowada さんという方の「文法的に何か違うような気がする真鶴駅」というもので、下の画像が添えられている。 料金を示す路線図の下に書いてある注意書きは、こんなようなテキストだ。 新幹線経由で、横浜線内の乗車券をお求めのお客様はご迷惑ですが、係員まで申し出下さい 普通の感覚なら、一読しただけで「はぁ?」となってしまう。この日本語は、「文法的な誤り」を修正したらまともになるというような、生半可なレベルじゃない。とにかく根本からひどい。 まともな日本語を書ける日本人というのは、かくの如く本当に少ないのである。この表示を書いた駅員は、当然ながら言いたいことの内容は自分ではわかっているのだろう。しかし自
"「英語式語順は、自然な思考の順番に反する」研究結果" というとても興味深い記事を見つけた。「英語式語順」というのは、主語 (S)、動詞 (V)、目的語 (O))という順に文が構成されるシステムで、例えば "Bill eats cake." (ビルが、食べる、ケーキを)」 というような順番になる。英語に限らずほとんどのヨーロッパ語と中国語はそうなっているはずだ。 一方、日本語やトルコ語(韓国語もそうらしい)では 「ビルが、ケーキを、食べる」というように、主語(S)、目的語 (O) 、動詞 (V))という語順になる。私の友人の日系ブラジル人 (母語はポルトガル語) は、日本に来た頃、この語順の違いにかなり戸惑ったという。 「だって、『何がああして、こうして……』 という話を聞いていて、『ああ、そういうことなんだな』と思っていると、最後になって急に、『……じゃないんですよ』なんて言われるんだも
私の PC に入っている ATOK には、自分でもどのくらいあるかわからないぐらいの膨大な単語登録がしてあって、ものすごく重宝している。たまに他人の PC を使って 「平成 25年」 と入力する時、いつものように「へせ」とやっても「平成」に変換されないのにがっくりきて、ものすごく気の利かない PC だと思ってしまう。 この他にも、仕事や個人的付き合いでの交友関係が、200人以上登録されている。苗字を入力すれば正しいフルネームに変換されるようにしてあるので、ミス表記がなくなるのがありがたい。人名を間違える (「隆史」「隆志」「孝史」などの変換ミス) のはかなり失礼にあたるので、このくらいはしておく方がいい。 それからビジネスメールで必ず使う「お世話になっております」という出だしは、「おせわに」で、「よろしくお願いいたします」は 「よろおね」で変換される。こんなに決まり切ったフレーズを入力する
昨日 「やっぱり Windows 8 は使いたくないと思った」という記事を書いて、改めて世間一般の評判はどうなんだろうと思い、「Windows8/使い心地」 というキーワードでググってみた。「Windows8/使いにくい」でググると圧倒的な勢いでネガティブ評価のページがどっさりとヒットするので、中立を期すために「使い心地」ということにしたのである。 検索でヒットした中から冷静に書かれたページを拾い読みしてみてわかったのは、「言われるほど使いにくくない」「むしろ軽くて快適」「確実に進化しているので、慣れの問題」などといった好意的コメントを発しているのは、コアユーザーを中心とした「PC大好き人間」たちばかりということだ。残りの大多数は「使いにくい」と不満を述べている。 つまり、Windows 8 は、PC 大好きなコアユーザーたちは積極的に受け入れているが、それ以外の一般ユーザーたちは大いに戸
とくに名を秘す某社で、本当にあったこと。 その会社は本社と支店との月例会議を、支店長を本社に呼んで行っていた。ところが、「わざわざ会議のためだけに、時間と金をかけて本社に来てもらうのは、非効率。今はネット時代なのだから、インターネットを使ってテレビ会議をしようではないか」 と、2代目若社長が提案した。 ところが、支店長は先代社長時代からの番頭格で、IT にはからきしうとい。 「社長、そんなこと言っても、えらく難しそうじゃないですか」 「何言ってるんだよ、今どきこんなこともできないでどうする。うちの中学生の息子だって、友達と延々 PC でテレビ電話してるぞ」 「そんなこと言っても、若い者とは感覚が違って……」 それでも若社長は言う。 「大丈夫だよ。PC の画面に向かって、マウスを 2~3回クリックするだけでテレビ会議ができるソフトを、近々入れてあげるから」 「本当に、画面に向かって 2~3回
初めにお断りしておくが、エイプリル・フールはとっくに過ぎているので、これはジョークではない。ごく真面目な記事である。タイトルに惑わされないでいただきたい。 5年近く前に "「軍備」という名の美容院" という記事を書いた頃からずっと気になってしょうがないことがある。どうして日本中に "arms" という名の付いた美容院がこんなにも多いのだろう。まるで蕎麦屋の世界の「やぶ」か「更科」みたいな様相になっている。 その代表的存在は、件の記事の冒頭でも触れた "Kakimoto Arms" という超々有名店みたいなのだが、私は表参道でこの店の看板を初めて見た時、マジで 「こんなところに武器マニアの店が!」 と思ってしまったよ。上野のアメ横ならいざしらず。 いうまでもなく、"arms" とは「軍備/武器」という意味である。単数形なら「腕」という意味だが、最後に s が付くと、複数形の「両腕」という意味
私はこれまで、何年 PC を使おうとしても使いこなせないでいる高齢者には、iPad に乗り換えることを勧めてきた。しかしそれは、半分は間違いだったかもしれない。 「失礼ながら率直なところ、あなたにとって PC は荷が重すぎるようです。これからの残り少ない人生を、『PC が使えない』と嘆いてストレスに満ちたものにするぐらいなら、PC なんてもうすっぱりと諦めた方がいいです。そして iPad に乗り換えなさい」と、私は勧めてきたのである。 ところが、PC から iPad に乗り換えて、ルンルンで使いこなしている人もいれば、「せっかく PC に慣れかかったところなので、iPad にはとまどってしまう。それで、相変わらず PC を使っている」と言う人もいる。 こちらは 「3年も 5年もかかって、ちっとも PC に慣れたようには見えないから iPad を勧めているのに、まだ PC にこだわっているの
先日、近くの家電量販店を覗いたら、「らくらくスマートフォン」なるものが売り出されていたので驚いた。ちょっと触ってみると、多分ベースはアンドロイドなのだろうが、ユーザーインターフェイスは独自の「らくらくっぽい」イメージになっていて、タッチするとビビッと「プッシュ感」がある。 多分、年寄りはあのくらいの確かなプッシュ感がないと、安心してあちこち触りまくれないのかもしれない。ただ、かといって、UI をらくらくっぽく作り替えてプッシュ感さえあれば年寄りにも使いやすいのかといえば、ちょっと疑問だ。 帰宅してネットで調べてみたら、"「パソコン教室わかるとできる」、全国 239教室で 「らくらくスマートフォン F-12D 講座」 を開講" という記事が出てきたので、思わず笑ってしまった。パソコン教室に通わないと使いこなせないようでは、ちっとも 「らくらく」 じゃないじゃないか。 私の周囲には、パソコン教
私は仕事として、中小企業や団体、個人商店などのパソコン使用のコンサルをすることがあるのだが、これがもう、本当にやっかいなのである。 まず、ID と パスワードということに関しては、私の担当している事業所の約半数で、PC のディスプレイのフレームに、パスワードを記したポストイットが貼り付けられている。しかも 1枚だけでなく、何枚も貼り付けてあるという強者もいる。 「これ、一体何ですか?」 「えぇと、これは PC を起動する時のパスワードでしょ。こっちは、メールのパスワード。それからこれは、えぇと、何だっけな? 忘れちゃった」 てな会話はしょっちゅうである。PC 起動の際のパスワードとメールを読む時のパスワードが別物であるということをわかっているだけ、まだましだ。ただ、メールを読む時は一々パスワードを入力しなくてもいい設定にしてあげてるんだから、もう剥がしといてもらいたいんだけどなあ。 それか
私も今年還暦になるんだから、結構な「年配者」と言えるかもしれないが、イメージとしてまだまだ若い気でいる。どんな時に若い気持ちになるかというと、文字通りの「年配者」(多分「団塊の世代」より上、つまり、68歳以上ってところか) に、PC の操作法を聞かれて教えてあげるときなんかである。 「これ、どうすればいいの?」と聞かれ、「それは、こう、こう、こうすればいいんですよ」と教えてあげると、年配の人たちというのは、100%と言っていいほど、その操作法をメモして覚えようとする。そんな時、私は「そんなことでメモなんかしちゃダメ。この類の操作は、この辺りをクリックしてみると、なんとかなるってな具合に、感覚で覚えるんです」 と言う。 すると年配者は「そうなのよね。ウチの息子が里帰りした時なんかも、私が操作法を聞いてメモすると、『メモなんかするな!』と、地団駄踏んで怒るのよ。でも、メモしないと、どうしても覚
今日の記事には多少のバイアスがかかっているかもしれないと、まずお断りしておく。私は iPhone のヘビー・ユーザーなので、iPhone に好意的なことを書いているという自覚がある。その好意的なことというのは、私の実感からくるのだが、当然ながら、それに賛成しない人もいると思う。それに関しては感覚的な事項でもあるので、余計な議論を避けたいと思う。 私が近頃意外に思うのは、「スマホを買ったけど、使い方がわからなくて、ちょっと後悔してる」という人が案外多いことだ。私自身は、前に使っていたガラケーとは比べものにならないほどの使い勝手の良さにとても満足しているので、「スマホのどこが難しいんだ?」といぶかしく思うほどだ。 で、そんな風にこぼす人のもっている機種をみると、ほぼ 100%アンドロイドを OS としたスマホなのである。iPhone ユーザーで、「使い方がわからない」と言う人を、私は見たことが
番号を表すのに「No.1」とか「No.2」とか表記するのは、知る限り、少なくとも英語ではあまり一般的ではない。 手元の Randam House Dictionary を引いても、"no." の意味は、"north" "northan" に続いて、やっと 3番目に "number" とあり、ラテン語の "numero" から来ているとある。 日本人は、"No.1" が一般的な英語表現だと思っているから平気で使うが、インテリ層の英国人や米国人でも、それが "Number 1" の意味だとは知らない人が多い。だから、日本人の書いたテキストを読んで、「ノゥ ワン?」 なんて素っ頓狂な声を上げたりする。 では、彼らは番号を表すのにどうするのかというと、"#" を使う。「1番 は "#1" で、「2番 は "#2" である。以前、外資系の団体に勤務していた頃は、「フツーの英語では、順番を表すのに、"
昨夜珍しく、格闘技でもサッカーでもないテレビ番組を、気を入れて見てしまった。NHK の「ためしてガッテン」という番組である。「暑さも光熱費も激減!時短ミラクル料理革命」というテーマだった。私は「家事をする夫」であり、台所に立つことが結構ある。今どきだから、「暑さも光熱費も激減!」というのは、興味津々である。 結論から言えば、フライパンに蓋をすることで蒸気を閉じこめて過熱するのがポイントだった。水をほんの少ししか使わないので、茹でる料理を始めとして調理の光熱費が減り、しかも栄養が損なわれず、色もきれいに仕上がり、素材の味が引き立つというのだった。 なんだ、それなら「無水鍋」というのが昔から提案していることだ。目からウロコだったのは、別に高い金で無水鍋を買わなくても、フライパンにガラス蓋で十分にそれが可能だということである。無水鍋のメーカーには悪いけど、「それはあんたの専売特許ってわけじゃない
「上」という字の「正しい筆順」をご存じだろうか? 先日の TBS ラジオ 『キラキラ』 で、井上さんという方からの投書が読まれた。井上さんは 30年以上書き慣れた自分の名前の書き順が「間違っている」と他人から指摘されて、愕然としたのだそうだ。 なんと、「上」という字の 「正しい筆順」 は、最初に縦棒を書いて、その後に横棒を上と下に書くのだそうだ。こちら に動画でそれが示されている。 私はそれを知って愕然とした。これは書きにくいだろう。フツーは、「横・縦・横」の順だろうよ。 だって行書や草書で書く場合は、上の方の短い横棒から書くのが自然というものではないか。手持ちの『くずし字解読辞典』(近藤護出版社・刊)からちょっとコピーしてみよう。(なにしろ古い本なので、紙がずいぶん変色しているのはお許しいただきたい) ご覧の通り、いずれも「上」という字のくずし方を示したものだが、真ん中の下のくずし方を除
オークヴィレッジ代表の稲本正さんが、とても興味深いことをおっしゃっている。「葉っぱはどうして緑色なのか」ということだ。 これに対して、「葉の主成分であるクロロフィルの色だ」とか 「緑色の光線を反射するから緑色に見えるのだ」とか、いろいろの説明があるのだが、稲本さんはそれでは満足のいく答えになっていないというのである。根元的な問いは「葉っぱはどうして緑色の光線を反射する道を選んだのか」ということだ。 太陽光をプリズムで分解してみると、目に見えるところでは赤から紫まで広がっていて、その中でも一番有力なのは、真ん中の緑色の部分だ。ところが、葉っぱは敢えてこの一番有力な緑の光線を反射して取り入れないようにし、赤と紫の部分の光線を取り入れている。だから我々には、葉っぱは緑色に見える。 葉っぱが太陽光を最も効率的に取り入れようとしたら、自らを真っ黒にすべきだったのではないかと、稲本さんはおっしゃるので
集団で登校中の小学生の列に自動車が突っ込んでしまうという事故が連続して起こった。今月 18日の鹿沼市での事故は 小学生 6人が犠牲になり、そのわずか 4日後の 22日の事故では小学生 3人が巻き込まれた。 こうした事故が起きるたびに、日本の多くの小学校で行われている「集団登校」というシステムが、実は危険なのではないかと疑ってしまう。9年前に私は 「赤信号は、本当に皆で渡れば恐くないか?」 というコラムで、次のように書いている。 私は朝に車で出勤するのだが、小学生の集団登校の群れにはいつもヒヤヒヤさせられる。学校としては、子供たちの安全のために集団登校を指導しているのだろうが、とんでもない、完全に逆効果である。 多くの子供というものは、集団になると特殊な心理状態になる。妙に「ハイ」になるのである。どうしても「ふざけっこ」がしたくなる。キャアキャア言いながら、押したり突き飛ばしたり、蹴りを入れ
同じ感慨を持たれる方がとても多いと思うのだけれど、今回の大地震関連の政府公報のあり方で、官房長官が仙谷さんから枝野さんに交代してくれていたことは、日本にとって本当に不幸中の幸いだった。仙谷さんが毎回あの仏頂面で出てきて、永田町言葉そのままにぶつぶつ言っていたら、日本に暴動が起きるところだった。 この件について、広報専門家の立場からとてもよくまとめられているブログ記事を見つけたので、紹介しておく。「the Public Returns - 続・広報の視点」 というブログの 「枝野官房長官から学べる10のこと:危機管理広報の視点から」 という記事だ。 この記事では、危機管理広報の観点からみた枝野官房長官の対応姿勢の素晴らしさが、次のような 10項目にまとめられている。(以下引用) しっかりとした口調で、ゆっくりと、文節を切りながら説明する。 原稿を読まずに自分の言葉で話す。 記者を指名する際、
夕べ、例の入試問題漏洩事件のニュースで、Yahoo 質問箱に載った和文英訳の「解答」 があまりにヒドイので、「かなりお粗末なレベルとしか言いようがない。大した点数になりそうにないから、大勢に影響ないんじゃなかろうか」と tweet した(参照)。解答要員を配置するなら、もう少し頭のいいヤツを選ばなければ、骨折り損になるだけである。 ところが今日になって twitter 上で、この「解答」が Google 翻訳の自動翻訳のまんまだという tweet があり、どれどれと試してみたら、まさにその通り(参照)なので、笑うというよりがくっと脱力してしまった。 この「解答もどき」には、厚かましくも「直訳すぎたかな?」なんてコメントがついているが、一体何考えてるんだ、こいつ。直訳にすらなってないよ。 いずれにしても、Google 翻訳の和文英訳結果が、まともに使い物になると信じて疑わない人間が少なからず
今年の成人の日は終わったばかりだが、ニュースで毎年のように「今年の新成人は、過去最少」と報道される。どんどん少子化しているんだから当たり前で、要するに若者人口が年ごとに縮小していることになる。増えるのは年寄りばかりだ。 若者は数が少ない上に金もない。ということは、若者文化は確実にマイナー化しつつあるということだ。駅や電車の広告でテレビドラマの広告を見ても、若者向けドラマに出ているタレントのほとんどは、顔ぐらいは知っていても名前は知らない。私だけがこの方面に疎いというわけじゃなく、同年代の誰に聞いても似たようなものだ。 高校の同期の集まりに出かけて、二次会でカラオケなんかに行っても、最近の歌は誰も歌えない。どれを聞いても皆同じに聞こえるという。それは、若い連中が演歌を聞いても反応としてはまったく同じなのだが。 エンタテインメントの世界では、市場が細分化されて久しいと言われる。年齢層が違うと、
ごくごく普通のホームユーザーの多くは、PC を起動させてもブラウザとメーラーと、ゲームと、季節物(「筆まめ」とか)ぐらいしか使ってない。あとは、デジカメをよく使う人がせいぜい簡単な画像管理ソフトを使うぐらいか。多くの場合、Word や Excel は会社でしか使わないソフトになっている。 会社の仕事を持ち帰る人は別として、ホームユースではもはや MS Office がプリインストールされているなんていうのは、あまり意味がない。そもそもビジネスユースにしても、Word や Excel の機能をまともに使いこなしてる人なんかごくわずかなのだ。 ホームユースとしては、PC の時代は既に終わってる。iPhone や iPad の母艦としての機能と、年に一度ぐらいはあるかもしれないちょっと複雑な作業をこなすためという程度のニーズなら、一家に一台、XP のお古があれば十分だと思う。 定年過ぎのおっさん
近頃、東海道新幹線の「のぞみ」の車両は、最新型の N700系が増えて、来年春のダイヤ改正以後は、ほぼ 100%近くが N700系になるらしい。私はこれまでも、できるだけ N700系の車両を選んで乗るようにしてきた。というのは、電源が各列にあって、車内でノート PC を開いて仕事をするにはとても便利だからである。 ところが、いいことばかりではない。N700系車両というのは、時々ものすごいタバコ臭さに悩まされる。N700系は全面禁煙で、喫煙車がない。それなのに、タバコ臭さに悩まされるというのはおかしな話だが、喫煙車のある車両よりもタバコ臭さがひどいのである。 なぜかというと、N700系には喫煙車はないが、喫煙ルームというのがあるらしいのだ。喫煙者は我慢ができなくなると、その喫煙ルームに行って煙草を吸うらしい。そして、吸い終わると、髪の毛だの衣服だのにタバコの臭い(つまり、あの「ヤニ臭さ」ね)を
英国のウィリアム王子とケイト・ミドルトンさんの結婚は、来年 4月 29日にロンドンのウェストミンスター寺院で行われると発表された。おめでたいことである。私なんかがどうこう言っても仕方ないことだが、ここでお祝い申し上げる。 で、今日の話題は非常に細かいことで、ウェストミンスター寺院はキリスト教の施設なのに、どうして「寺院」というのかということである。こういうことになると、どうでもよさそうなことが気にかかるというのは、私の業のようなものなので、ちょっとお付き合い願いたい。 日本では一般的に、「寺」とか「寺院」とかいえば仏教関係のもので、「神社」というのが神道関係のものと理解されている。しかし子細に見ればそうと言い切っていいわけじゃない。イスラム教関連の宗教施設も「寺院」と称することがあり、キリスト教関係でも、このウェストミンスター寺院だけでなく、セントポール大聖堂のことをセントポール寺院と言っ
恥ずかしながら「自転車置き場の議論」という言葉を初めて知った。はてなキーワードによると、「些細なことほど議論が紛糾する現象のこと」だそうだ(参照)。Wikipedia によると、元々は「パーキンソンの凡俗法則」から出た言葉らしい。 「パーキンソンの法則」といえば、「仕事の量は、完成のために与えられた時間をすべて満たすまで膨張する」(第一法則)、「支出の額は、収入の額に達するまで膨張する」(第二法則)というのが有名だ。要するに「役人というのは無駄が大好き」ということを実証的に説いたものである。 それにプラスして、「組織はどうでもいい物事に対して、不釣り合いなほど重点を置く」という法則まであるとは知らなかった。これが「パーキンソンの凡俗法則」というもので、どうでもいい議論ほど白熱するということのようなのである。 これについては、「自転車置き場の議論」という言葉を知る前から気付いてはいた。「会議
このところのホメオパシーの一方的な叩かれ方を見るにつけ、なんとなく割り切れない思いがしていた。寄ってたかって 100%インチキみたいに言う世の論調には割り切れない思いがするし、かといって、完全擁護する気にも到底なれない。それに下手なことを書いたら、この趨勢だからブログが炎上しかねない。 こちらは専門知識はないし、試してみたこともないから、当然ながらそれで病気が治ったという経験もない。しかし「ホメオパシーの元々のコンセプトって、予防注射とか、『酒が弱くても、どんどん呑みゃ強くなる』とかいうのと、それほど遠くないんじゃないの?」という私の疑念は強まるばかりだった。、 そんなわけで本当にうじうじしていたのだが、今日、この問題に関してとてもクールに答えてくれているブログ記事が見つかって、それを読んで、私の割り切れない思いがかなり割り切れてしまったのである。それは「安敦誌」というブログの「ホメオパシ
TBS ラジオの朝の番組に毎週火曜日、詩人の荒川洋治さんが登場していろいろな事を話される。今日は途中から聞いてしまったので、全体のテーマがどういうものだったのかは遂に把握できずじまいだったのだが、衝撃的な話を聞いてしまった。 荒川さんは大学で講座をもって 30年になるというのだが、ここ 10年ほど、基礎知識のない大学生が目立って増えたと指摘される。なにしろ、京都がどこにあるか知らない大学生がいるというのである。 荒川さんはある大学の講座で、読書をする際に本の中に登場する場所の地域性をきちんと理解するため、地図帳を持ってこさせて、いちいちロケーションを確認させるという試みをされたそうだ。 ところがある日、「それじゃ、京都の地図をみてごらん」と言った時に、地図帳のページをさっと開くことができずに、地名索引からようやく該当ページに辿り着く学生が少なからずいたというのである。荒川さんのような、地図
ジョンソン・エンド・ジョンソンの調査によると、今回のたばこの大幅値上げを機に禁煙を決意した喫煙者は前回値上げ時の調査より 2割以上も増えて、57,9%に達したという。禁煙の理由は、圧倒的に 「お金のため」 のためだそうだ。なんだかなあ。 禁煙を決意した理由について、MSN 産経ニュースは次のように伝えている (参照)。 禁煙理由で「お金」を挙げた人は前回の 37.0%から 57.9%に増加し、「健康」を挙げた人は 45.7%から 26.2%に激減した。お金と健康以外で多かったのは「喫煙しにくい環境が増えたため」(7.1%)と「家族、友人などに勧められたため」(4.9%)だった。 ということは、多くの喫煙者は、これまで経済的負担が比較的小さかったから、副流煙で周囲に大きな迷惑を垂れ流しすのを気にせずに喫煙し続けてきたが、ここにきて経済的な理由でそれを断念したということか。つまり、値上げさえさ
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