ご承知の通り、新聞記事には署名入りと無署名のものとがある。署名入りは「文責」を明確にするためだが、無署名の記事も無責任であっていいはずは決してない。特に「主張」(他紙は社説)欄は個人の意見ではない新聞社の論として、より大きな責任を負っている。 ▼こんな楽屋話を持ち出したのには訳がある。昨年末、時事通信が北京発で「尖閣は琉球の一部」とした中国の外交文書が見つかったと報じた。1950年当時、中国が尖閣諸島を自国領とは見ていなかったことを示す資料だ。産経新聞も12月28日付朝刊で大きく扱った。 ▼これに対し在日本中国大使館は文書を「無署名の参考資料」とし、記事に反論する談話を発表した。奇妙な話だ。「文書はない」と突っぱねるのならともかく、「無署名」だけの理由でインチキ文書であるかのように強弁すれば、論議は一切できなくなる。 ▼文書は日本との講和に当たり領土問題をどう考えるかを論じたものという。極