正直にいうと、私は長期間、遠くに行くのがあまり好きではない。理由はわからないが、子供の頃からそうだったし、今もそうだ。 もしかしたら、根っからの農耕民的な性格を引き継いでいるのかもしれない。江戸時代の農民にでも生まれていたら、一生の大半を生まれた村から出ることなく生きたであろう。そんな出不精な私が、たまたま手に取ってしまったのが、私とは正反対の生活を営む放浪者。ロマの男性の自伝だ。 著者であるミショ・ニコリッチの父リュボルミン・ニコリッチは、馬喰を生業にするロワーラ系のロマの子として、この世に生を受けた。インドが起源とされるロマとは思えない白い肌をした男だった。彼は長身でハンサム、しかも聡明で恐れ知らずの強い男へと成長した。そんなある日、彼は道端で手相占いをする美しいロマの少女を見かけ、声をかける。リョボルミンは占いが終わると、占い師の少女ミレヴァをお茶に誘い、その場でいきなり求婚する。