中野重治の「ある側面」という文章に、魯迅の文学についての次のような一節がある。 「政治的発言をした文学者はたくさんいた。正しく政治的発言をした文学者もたくさんいた。しかし魯迅は、彼の人間的発言、彼の文学的発言が、多くの場合ただちに、政治的な言葉を伴わない、しかしもっとも痛烈な政治的発言であった。ここに子供がいる。その子を目がけて狂犬が飛びかかってくる。それを見たある人々が、いかにも政治的であるかのように自分で思い込みながら、小児と狂犬との距離は急速に縮小しつつある、という風にいってつっ立っている。飛び出してきて魯迅が叫ぶ。その犬をうち殺せ、子供をさらいこめ。人が思わず犬にとびかかろうとする。子供の帯をつかまえようとして、思わず手を出す。そこに魯迅の文学の特殊の感銘があった。」(『魯迅案内』岩波書店、1956年、36-37頁) 『毎日新聞』(2013.3.6付、大阪朝刊)「論ステーション: