荒俣宏『歌伝枕説』に、「安達(あだち)ヶ原の黒塚(くろづか)」の鬼伝説について述べたくだりがある。 福島県二本松市安達ヶ原には、鬼婆伝説で有名な観世寺(かんぜじ)がある。「この敷地内に巨大な岩を積み上げた場所があり、ここに鬼婆が住んでいたと伝えられる」とのことで、今は観光名所になっているらしい。 この鬼女伝説は、室町時代にかかれた謡曲『黒塚(くろづか)』に基づくようだが、この謡曲のタネになったのは、平安時代の三十六歌仙の一人・平兼盛(かねもり)の歌だという。《みちのくの あたちの原の黒塚に 鬼こもれりと云ふはまことか》(『拾遺集』) もともとこの歌は、「名取郡黒塚」にいた陸奥守(むつのかみ)・源重之(しげゆき)の妹をみそめた兼盛が、重之の父に書き送った歌で、「鬼」とはいわばかくれんぼの鬼、つまり「陰に隠れて出てこない女性」のことをたとえた一種の洒落だったらしい。 しかし、「これが『大和物