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アメリカ大統領選
122.200.201.84
テレビ朝日アナウンサー。「朝まで生テレビ」「Jチャンネル O.A.月曜日」など。2003年6月よりニューヨーク支局に転勤。 » プロフィール詳細 » コラム一覧 2001-08-07 号 丸川 珠代 (テレビ朝日アナウンサー) 参議院選挙が終わって、9月末に予定されていた自民党の総裁選挙は、行われない見通しが強くなっています。8月9日までに複数の立候補者が無い場合、選挙そのものが行われませんが、おそらく小泉さん以外には立候補者がいないと予想されるので、8月10日には、小泉さんの、この先2年間の自民党総裁続投が事実上決まります。 改革に向かっていよいよ磐石(ばんじゃく)といいたいところですが、参院選直後に浮上したのが、小泉総理の靖国神社参拝問題と、外務省人事をめぐる田中眞紀子外務大臣VS官房長官のバトルです。いつもより1週おくれて、8月3日の深夜に放送された「朝まで生テレビ」では、前者の「靖
数多くのバラエティ番組を手がける放送作家、高須光聖さんですが、この頃、これまで培ってきたテレビ観を壊そうと考えているといいます。例えば、数十年間ゴミをためこんだ家の主人を説得しゴミを片付けたりと、従来のバラエティ番組では扱えないと思われていた対象に取り組んでいます。いったいどうしてそういう発想をするようになったのでしょうか。笑いに対する姿勢を尋ねました。 裏方の存在だった放送作家の人気が高まっています。高須さんの場合は、どういった経緯でこの道に? なろうとしてなった職業じゃないんですよ。松本(ダウンタウン・松本人志)に「俺らのブレーンやらへんか?」と誘われたのがきっかけです。本当は代官山の雑貨店で海外の買い付けの仕事をするはずだったんですが、その計画がなくなってしまったんです。で、どうしようかなとフラフラしているときに、彼に声をかけられたわけです。 経験もなくいきなりできるものですか 高校
30代以上には仮面ライダーのかたき役、「死神博士」として強く記憶されているだろう天本さん。その広い役柄から“怪優”と言われる一方で、スペインの詩人ロルカに深く傾倒するなどスペインに思いを寄せる人物としても有名だ。戦争をくぐり抜けてきた世代でもある天本さんはいま現在どういった思いで生き、日本という国をながめているのか。若者への強烈なメッセージを聞いた。 このレストランに日中いらっしゃると聞きました 家に電話がないものでね。事務所からの連絡もここで受けることにしている。(まわりを見渡し)人混みというほどでもないけど、こういう適度に人がいる中で、ひとりでいるのは好きなんだ。 以前、「笑っていいとも」に出演されたとき、「健康の秘訣は」とたずねられて「スペイン人になること」と話されていました。スペインの何に魅せられているんですか? 10年くらい前から「こんなボケた国に調子をあわせていたらボケた日本人
1951年広島生まれ。81年「さようなら、ギャングたち」が群像新人長篇小説賞優秀作 に。 88年『優雅で感傷的な日本野球』(河出書房新社)で第一回三島由紀夫賞を、 2002年『日本文学盛衰史』(講談社)で伊藤整文学賞を受賞。 » プロフィール詳細 » コラム一覧 2007-10-06 号 高橋 源一郎(作家) およそ考えうるかぎりの正反対の本、というものがある。 たとえば、いま、ぼくの机の上にある「内定請負漫画」と印刷された『銀のアンカー』と「働けと言わないワーキングマガジン」と印刷されている雑誌「フリーターズフリー」の創刊号が、それだろう。 『銀のアンカー』は、あの『ドラゴン桜』で一世を風靡した三田紀房が取り組んでいる新プロジェクト(?)で、前作で落ちこぼれの高校生を東大に合格させた三田は、今度は、就活に励む大学生に超一流企業への「内定」を目指させている。 それに対して、こちらの「フリー
1951年広島生まれ。81年「さようなら、ギャングたち」が群像新人長篇小説賞優秀作 に。 88年『優雅で感傷的な日本野球』(河出書房新社)で第一回三島由紀夫賞を、 2002年『日本文学盛衰史』(講談社)で伊藤整文学賞を受賞。 » プロフィール詳細 » コラム一覧 2007-09-22 号 高橋 源一郎(作家) 「カラキョウ」と聞いて、最初のうちは、なんのことだかわからなかった。どうも、ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』のことらしいのである。 なんでも略すればいいというものじゃないが、それにしても、『カラマーゾフの兄弟』が『カラ兄』とはねえ……と、しばらく呆然とした。 『カラマーゾフの兄弟』とは、長い間(もしかしたら、いまも)、世界文学の№1と目されてきた。長く、深く、巨大な、深淵そのものの小説と思われてきたのである。もちろん、ぼくもそのように教わった。深刻・難解なロシア小説の中でも最
1951年広島生まれ。81年「さようなら、ギャングたち」が群像新人長篇小説賞優秀作 に。 88年『優雅で感傷的な日本野球』(河出書房新社)で第一回三島由紀夫賞を、 2002年『日本文学盛衰史』(講談社)で伊藤整文学賞を受賞。 » プロフィール詳細 » コラム一覧 2007-09-08 号 高橋 源一郎(作家) 秋は、どの業界でもそうだが、文学業界でも、新人賞の季節。毎年、いろんなタイプの新人が飛び出して来る。ああ、ぼくも、三十年近く前は、こんな風だったっけと思いながら、候補作を読むと、時の流れを感じる……なんて、感慨に耽っている場合じゃない。 新人たちの作品は、実は、その時代を敏感に映し出す鏡の役割を果していることが多いのだ。 ここ数年の(とりわけ純文学といわれる分野での)傾向は、若くて貧しい青年が中心だったことだ。応募してくるのは、(一流といわれる)大学を卒業して、いわゆる「フリーター」
1951年広島生まれ。81年「さようなら、ギャングたち」が群像新人長篇小説賞優秀作 に。 88年『優雅で感傷的な日本野球』(河出書房新社)で第一回三島由紀夫賞を、 2002年『日本文学盛衰史』(講談社)で伊藤整文学賞を受賞。 » プロフィール詳細 » コラム一覧 2007-09-05 号 高橋 源一郎(作家) フルキャストという人材派遣の大手が、派遣が禁じられている業種に登録スタッフを派遣したとして、事業停止処分になった。驚いたのは、そのフルキャストという会社は、監督官庁から、これまでも繰り返し注意されていたということだ。要するに、法令違反していることを承知で、確信犯的に違反行為を続けてきたことになる。 この人材派遣関係の大手といえば、あの訪問介護最大手のコムスンを抱え、不正問題でついに譲渡するはめになったグッドウィルもそう。 どうやら、人材派遣業界には、「法律違反すれすれ」ではなく、「明
1951年広島生まれ。81年「さようなら、ギャングたち」が群像新人長篇小説賞優秀作 に。 88年『優雅で感傷的な日本野球』(河出書房新社)で第一回三島由紀夫賞を、 2002年『日本文学盛衰史』(講談社)で伊藤整文学賞を受賞。 » プロフィール詳細 » コラム一覧 2007-09-04 号 高橋 源一郎(作家) 「激情」ですっかりファンになった劇団「ポツドール」の今回の公演の演目は『人間・失格』。『人間失格』なら太宰治だが、その「人間」と「失格」の間に・マークを入れているところで、脚本・演出の三浦大輔さんの考えが、少しはわかるかもしれない(といったて、舞台を見るまではわからないが)。 場所は三鷹市芸術文化センターだったが、なんの間違いか、三鷹駅から歩いて数分と思いこんでいたら、二十分近くかかり、しかも土砂降りの雨。もう舞台の幕が上がる前から、失格寸前。 さて、この『人間・失格』の主人公は、前
日本のテクノミュージックの草分けとも称されることの多い平沢進さんだが、そのような評価をよそに常に新しい試みを行っている。ジャンルの垣根を超えて音楽性、裏声を駆使した歌唱法、太陽光を利用したライブ、音楽産業によりインフラが整備される前に音楽のネット配信を行った。そうした発想はどこからやって来るのか。そして音楽に何を託しているのかを尋ねました。 世の中には、愛や恋を歌う楽曲があふれています。平沢さんの音楽は、それらについて歌わず、宇宙やテクノロジーをテーマにされることが多いです。なぜでしょうか? いろんな音楽があっていいと思いますが、恋愛ものは多すぎです。確かに恋愛は世の中を読み解く入り口に成り得ますが、特定の男女間の物語で完結してしまうような表現にはまったく関心がありません。私の場合、これまで影響を受けてきた物事や楽しんできたSF小説などから創作の動機が生まれてきます。 人間よりも世界に関心
今までできなかったことができるようになると、それが自信になる。でも、「何かができること」にこだわった途端、不自由になってしまう。経験は自分が自由になるためにあるのであって、自分を限定するためにあるものじゃないはず。より自由になること。それを成長と呼ぶのではないか? 漫画家の山田玲司さんの描く作品は、絶えず自由とは何か?の問いが響いている。それは絶望に至らないための道標ではないだろうか。 「絶望に効く薬」「Bバージン」をはじめ、山田さんの描かれている漫画には、考えることで成長しようという気持ちが根底にあるように思います。 僕の考えは日々変わるから、今日の考えを言えば、考える人は「考えるようにさせられる環境にいる」ということで、考えるタイミングは人それぞれにやって来るんだと思う。でも一方では考えなくても何とかなる人もいて、考えないことが能力だったりする。 かつては「みんなが考えたほうが世の中は
テレビ朝日アナウンサー。「朝まで生テレビ」「Jチャンネル O.A.月曜日」など。2003年6月よりニューヨーク支局に転勤。 » プロフィール詳細 » コラム一覧 2005-01-03 号 丸川 珠代 (テレビ朝日アナウンサー) しばらく連載をお休みしていて、すみません。この数ヶ月、体調不良が続き、文章を書く余力がなくなってきて、普段の仕事ですら調整しながら日々を過していました。あれもこれも欲張って、勉強や仕事に打ち込んだツケが回ってきたようです。それに、三十代も半ばになると、精神的な疲れまでが、肉体的な疲れとなって現れるようです(ちなみに私は三十四歳です)。高校生の皆さんにはまだ実感できないと思いますが、時には勇気を持ってのんびりしたり、ぼーっとしたりすることも、必要です。特に頑張り屋さんの人は、よく覚えておいてくださいね。 さて、お休みしている間に総選挙があり、日本の政界地図は大きく塗り
本をつくる作業に人はそんなにいらないのでは? とミニミニ出版社ユビキタ・スタジオを立ち上げた堀切和雅さん。学生時代には爆風スランプの前身スーパースランプをはじめ、卒業後、岩波書店に勤めるかたわら劇団「月夜果実店」を立ち上げるなど多方面で活躍してきました。堀切さんは「二足の草鞋を履くことを勧めます」と言います。そう確信するにいたった経緯を尋ねました。 音楽や演劇など、いろいろな活動をされてこられましたが、ひとつの手段で生き方を決めなかったのはなぜでしょう。 自分の人生を「ひとつのことをやる」というふうに決められなかったのは、これはもう性格ですねぇ。例えば岩波を辞めたのも、「ここに定年まで勤める」と想像した途端に、「自分」の可能性がキュっと縮まってしまう感じがしたからです。まあ僕が社会に出た頃はバブル期で就職できましたが、いまは、どの仕事に就くかを考えて資格取得まで意識して大学受験する学生も多
1951年広島生まれ。81年「さようなら、ギャングたち」が群像新人長篇小説賞優秀作 に。 88年『優雅で感傷的な日本野球』(河出書房新社)で第一回三島由紀夫賞を、 2002年『日本文学盛衰史』(講談社)で伊藤整文学賞を受賞。 » プロフィール詳細 » コラム一覧 2007-07-15 号 高橋 源一郎(作家) 4月に入学した新入生にとって、およそ三ヵ月と少々の学校生活を過ごしたことになる。高校の場合は、まだ少し、夏休みまで時間があり、大学は、もう試験期間に突入、授業は終わりだ。 「この三ヵ月少々、どうだった?」と訊いてみると、答えはもちろん種々様々。 「充実していました」「大学生活は楽しい」「忙しい」「あっという間」「自分でやらなければならないことがたくさんあってたいへん」等々。でも、まあ、こちらは、なんとか大学生活に食らいついていけている学生の話。その一方で、「なにをしていいかわかりませ
2001年1月1日から2017年3月31日まで、長い間ありがとうございました。 本サイトは一応の区切りをつけましたが、またいつかどこかでお目にかかります! 渡辺 京二さん(思想史家) 2001年から始まった「今週のインタビュー」も今回で最終回を迎える。最後のゲストは、近代論や思想史を在野で研究されている渡辺京二さんだ。渡辺さんの名を高らしめたのは、幕末から明治初期の日本についての欧米人の見聞を精査して著した『逝きし世の面影』だ。ここに記された近代以前の日本の姿は、私たちが想像しているものとはまったく違う。欧米に比べれば貧しいかもしれないが、食べることに事欠かず、人はよく笑い、多幸感に溢れ生きていた。それはすでに滅んだ日本ではある。しかし、こうも生きづらさを覚える今日にあっては、ありえたかもしれないもうひとつの近代日本の足取りを思うとき、これから先の私たちの暮らし方を考える上で大いに参考にな
人から承認されたい、モテたいと思ったとしよう。しかし、そのモテの要素とは、容姿やセンス、経済力だったりするが、実は既にある世の中の価値で量られたものでしかないのではないか? 人を好きになる行為が商品化されている。それを本田さんは「恋愛資本主義」と呼ぶが、その実態はどういうものだろうか。 恋愛資本主義という概念について、著作で述べられていますが、恋愛と資本主義とはどう結びつくのでしょうか。 昔は、お金と恋愛とはむしろ対立するものだったのですが、僕が大学生になった頃、ちょうど日本はバブル経済といわれるような、ものすごく景気のいい時代にさしかかりました。わかりやすくいえば、バブリー青田さんみたいに扇子を持って踊っているような人がたくさんいたわけです。 雑誌やドラマも「大学生は自動車を持っていないと女の子と付き合えない」とか「スキー場に連れていって、ホテルも取らないとモテない」といったことを煽り、
雑誌やテレビではコスメ、美容整形の情報が花盛り。多様なようでいて、その美しくなった姿は画一的だったりする。いったいなぜ日本人はそうまでして容姿にこだわるようになったのだろう。『肉体不平等』をはじめ、顔や身体と社会の関係を中心に取材を行っている石井政之さんに尋ねました。 コスメにメイク、ネイルケアとさまざまなビジュアルに磨きをかける情報が溢れています。美しくないのは罪だと言わんばかりの風潮です。 現代に限らず、人は古来から洋の東西を問わず外見を重視するのは事実です。『「ブス論」で読む「源氏物語」』などを書いている大塚ひかりさんによれば、醜い人の生命力を太古の日本人は畏れ敬っていたそうです。武将は醜い女性を女房にすることで強くなれる。権力に近付けるといった考えもあって、そういう女性を伴侶に選ぶことはあったそうです。 そうした土俗的な価値観と現代が違うところは、昔は醜く生まれたとしても、その顔で
1951年広島生まれ。81年「さようなら、ギャングたち」が群像新人長篇小説賞優秀作 に。 88年『優雅で感傷的な日本野球』(河出書房新社)で第一回三島由紀夫賞を、 2002年『日本文学盛衰史』(講談社)で伊藤整文学賞を受賞。 » プロフィール詳細 » コラム一覧 2012-01-15 号 #208 新 し い 年 に 2011-10-17 号 #207 絶 望 の 国 の 幸 福 な 若 者 た ち 2011-09-17 号 #206 愚 か し さ に つ い て 2011-09-04 号 #205 相 田 み つ を が 悪 い ん じ ゃ な い の だ が 2011-07-09 号 #204 「 節 電 」 の 行 方 2011-06-20 号 #203 知 っ て る つ も り 2011-06-05 号 #202 子 ど も に お 金 を 使 わ せ る 遊 び 2011-0
1951年広島生まれ。81年「さようなら、ギャングたち」が群像新人長篇小説賞優秀作 に。 88年『優雅で感傷的な日本野球』(河出書房新社)で第一回三島由紀夫賞を、 2002年『日本文学盛衰史』(講談社)で伊藤整文学賞を受賞。 » プロフィール詳細 » コラム一覧 2007-05-19 号 高橋 源一郎(作家) 原武史さんの新刊『滝山コミューン1974』は、いまだかつて書かれたことのないタイプの歴史書だ。 ふつう、歴史の本というものは、過ぎ去った遠い昔のことを調べあげ、その時代にどんなことがあったのかを想像力を交えて書き記すものだ。中には、遠い過去ではなく、まだ記憶に新しい、近い時代について、書いたものだってある。 この『滝山コミューン1974』は、タイトルにもある通り、1974年、西武新宿線花小金井郊外にある、典型的な団地、滝山団地の住民の子どもたちが通った小学校で起こった出来事について書
04年から始まった「マッスル」。プロレスらしくない演出が一部で大受けしている。突然、スローモーションになったり、仮装大賞の得点板がレスラーの技を勝手に得点するなど、既存のプロレスのセオリーを覆す手法が話題になっている。 マッスルで活躍するマッスル坂井さんは「プロレスが下手なら、プロレスができないという前提で展開すればいい」と決してめげないアイデアで観客を魅了している。その発想の源、プロレス観を尋ねた。 先日までオールナイトの興行をされていたそうですが、音楽イベントなら珍しくはありませんが、プロレスの試合となるとハードですね。 他団体がやっていたから、やってもいいかなと思ったんです。夜中に始まって始発で帰るくらいのスタイルは、深夜のラジオ番組みたいで、あんまりがんばらないでいい、プチハードな感じなんですよ(笑)。 見せ場をスローモーションで演出するなど、既成のプロレスから逸脱した演出が話題で
顔にヒビの入ったメイクがすっかりおなじみの大槻ケンヂさん。バンド活動をはじめ小説、トーク番組にと大活躍だ。ところが、今の多才ぶりから考えられないことに、10代の頃は悶々としたさえない少年だったという。大槻さんの意外な素顔に迫ってみました。 「自分はもてなかった」とよくおっしゃってますが、ロックはもとからかっこいい人が始めるというイメージがあります。 俺らの頃はバンドする奴というのは、そうじゃなかったんだけどね。俺の中高時代は友達も少ないし、内向的でさえないダメな感じだった。閉塞感があって、自分をわかって欲しいという思いが強かったね。 さえない自分を変えようという手段としてロックがあった。 ふつうはオシャレしたり、女子のハートに訴えかけたりするもんでしょ?でも俺は名画座へ映画を観に行ったり、本をたくさん読んだり、「知識があるから俺は間違っていない」という方向に行っちゃった。そのころまだオタク
独特のリズムと不思議な世界観で様々なテーマを斬る作家・高橋源一郎さん。作家としての高橋さんを形作った基礎は神戸の受験校・灘高で過ごした日々にあったそう。9月より、コラムの連載を始めて頂く高橋さんに高校時代のお話、当時の勉強の仕方、大学時代から「書く」ことへ向かう準備期間、書き続けるエネルギーなどについて伺いました。 まずは、高橋さんの高校時代のお話から伺わせていただけますか。 僕は神戸の受験校でした。灘高です。楽しい高校生活でしたよ、とても。人によっては、苦しいという人もいるでしょうが、基本的に受験校というのは、受験のために学校に来ている、という前提を教師も生徒も共有しているので「裏切られた」とか「何でこんなに勉強しなきゃいけないのか」っていう恨みや悲しみの発生する前提がない。先生と生徒の間で、受験勉強に関しては一種協定を結んでるんです。「さくさくとやりましょう。それをやってたら、あとは何
漢字と聞くと、覚えるのが面倒だとか、難しいという印象を持たれがちだ。日本語の読み書きに欠かせない文字であるにもかかわらず、敬遠されがちの漢字。そんな中ジャン・ノエル・クランさんは漢字の魅力にとりつかれ、漢字を使ったゲーム「ピオンズ」を作り出した。どういう思いでゲームをつくったのだろうか。 漢字を使ったパズルゲームはありますが、ピオンズのように漢字の書かれた1080個の駒の表裏を使って二字以上の熟語を作り、得点数を競うといったゲームは見たことがありません。 一般的に日本人の漢字に対する印象は「とっつきにくい」といったものがあります。そのため自国の文字でありながら漢字離れが着実に進んでいます。その対策として、というと大げさですが、あくまで遊びを前面に出して覚えるにはどうすればいいか。20年以上前にそう思って、真剣に取り組むようになったのは、5年くらい前です。 発想したのはずいぶん前なのですね。
「戦う大学教授」の異名をとる中島義道さんは、日々戦っている。 例えば、バスや電車のけたたましいアナウンス。それに抗議し、徹底して議論する。 言葉が人を人たらしめる限り、人が形つくる世の中は議論すれば変わる。 と思いきや、それは建前で、日本では言葉よりも「慣例」や「その場の空気」が優先される。 以心伝心といった語らないことを特徴とする日本文化の問題点をお聞きした。 騒音をはじめ納得できないことについて、徹底的な議論を挑まれますが、それが真・善・美を求める哲学的な態度に由来するものとすると、竿竹屋に殴られそうになったり駅員と喧嘩したりと、心の平穏を求める哲学のイメージとはずいぶん違いますね。 哲学は確かに真・善・美を求めますが、現世の幸福とは必ずしもつながらないものです。「真理を求めることが大切だ」と、きれいごとを言っても、本当の意味でそれを求めると社会から外れ、権力には嫌がられ、迫害されます
目まぐるしく転調するコード進行、ポップでありながら早口でときに攻撃的でもある詩。デビュー曲「愛の才能」から川本真琴さんの奏でる曲は、ときに大人と子どもの狭間を揺れ動くような、ひりひりとした心象を聴き手に覚えさせるところが印象的でした。一時期、活動を休止されていましたが、現在は、タイガーフェイクファとして活動されている彼女に10代の頃、そして現在のことを尋ねました。 学生時代から音楽の道に進もうと思っていたのでしょうか? 当時は将来のことは特に考えていませんでした。ただ親は私をピアノの先生にしたかったみたいです。後で、その理由もかなり適当だったと気付いたんですが、親に期待されていると思って、わりと素直に受け取っていました。高校、大学と音楽科に進んで、自分でもいつかピアノの先生になるもんだと思ってました。 とにかく親に勉強しなさいとも言われなくて、めちゃくちゃ成績が悪くなければそれでいいって感
世界の多くの国が反対したイラク戦争。短期のうちに戦争が終了した際、アメリカは勝利を高らかに宣言した。しかし、戦後になると治安の回復はせず、事態は泥沼の様相を見せる。イラク人の死者はアメリカ軍の侵攻後10万人にのぼり、アメリカ兵の死者は3000人を数えるという。いったい何がイラクで起きているのか。イラク研究の専門家である酒井啓子さんに尋ねた。 イラク戦争は2003年3月に開戦、アメリカをはじめとする連合軍の侵攻により約2ヶ月という短期で終わったにもかかわらず、治安はいっこうに回復しません。なぜでしょうか。 まず戦争はなぜ短期で終わったかと言えば、イラク兵は、この戦争には勝ち目がないので、次の政権によって身の振り方を決めようという位置づけでいました。戦わなかったから短期で済んだと思います。 実際、フセイン政権自体は軍政だったわけではなく、軍も政権に不満を持っていました。そのため自分たちはフセイ
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