寝耳に水の鈴木幹事長は、一時は「こんなことではやってられない」と周囲に不満をぶつけ、後見役のはずの麻生太郎副総裁も、地元紙の取材に「(冒頭解散は)ないでしょうね」と不快感を表明していた。年末に解散見送りの報道が相次ぎ、通常国会の召集を1月下旬に設定したことで、予算成立が遅れるような冒頭解散はないだろうと見られていた。 不意打ちを食らったのは自民党の候補も同じだ。「味方に奇襲攻撃はありえない」「高市首相の自分ファーストの勝手な判断には付き合いきれない」。そんな不満がくすぶっている。 新党結成に拍車 奇襲攻撃をきっかけに立憲・公明両党の協議は一気に加速され、新党結成にまで発展した。党名や代表でもめている暇はない。「中道改革連合」と工夫もセンスも全くない党名が決まり、野田氏と斉藤氏という新鮮味のない二人が共同代表となることがパタパタと決まった。 綱領も、公明党の要求をほぼ丸呑みし、与野党で対立し