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日夜ニュースメディアを騒がせる地球温暖化や気候危機の諸問題。その原因を、惑星規模で物質的な消費が加速したことと結びつけるような見方が多方面から提出されている。そうした見方は、デザインという営みにも再考を迫る。資本主義のなかで消費を促すサービス業としてのデザインが果たす役割を──その功罪も含めて──問い直すような機運が、欧米のデザインスクールを中心に盛り上がりを見せているのだ。 まさにその現場で学びを修めた平山みな美氏に、デザイナー自身らによる反省的な言説やオルタナティヴな活動内容・指針についてレポートをいただいた。著者はデンマーク留学ののち現地に居を構えてデザイン業に従事しつつ、環境活動家の肩書きでも活動するグラフィックデザイナーである。(artscape編集部) 消費社会を加速させる有能なデザイナーたち シーズン毎に登場する新フレーバーの食品企画や、機能がほんの少しアップグレードされた家
濱哲史(サウンドプログラマー、アーティスト)/畠中実(NTTインターコミュニケーション・センター[ICC]主任学芸員) 2023年05月15日号 3月28日に逝去された音楽家・坂本龍一氏は、多岐にわたる創作活動で知られているが、さまざまなアーティストやエンジニアたちとともに多くのインスタレーション作品も手がけていた。展示空間をアルバムやコンサートとは異なる音空間として、坂本氏はそこで何を探求し、どのように音を構築していたのだろうか。サウンドプログラマーとして協働していた濱哲史氏を、音楽批評および、NTTインターコミュニケーション・センター [ICC](以下、ICC)で坂本氏の展覧会のキュレーションも手がけた畠中実氏にインタビューしていただいた。(artscape編集部) 坂本龍一 with 高谷史郎《IS YOUR TIME》(2017)展示風景 [撮影:丸尾隆一 写真提供:NTTインター
古代から現在までの5000年にわたるコレクション、とくに装飾美術とデザインが充実していることで知られているロンドンのヴィクトリア・アンド・アルバート美術館(以下、V&A)。広大な展示室のなかでも、キャストコートは吹き抜けの二つの大きな展示室からなり、ミケランジェロのダビデ像をはじめとする著名な彫刻作品や建造物の石膏の複製(キャスト)が圧倒的な迫力で並ぶ。19世紀の開館当初、そのコレクションは職人や芸術家の教育、それによる製品の質の向上による経済活性化を目指して公開された。現在、オリジナルが経年や環境の変化によって劣化していくなかで、複製がもつ価値も変化しつつある。キャストコートで、コンサバター(保存修復師)としてさまざまな展示品の修復に携わった森尾さゆり氏に、キャストの修復作業の実際と今日的な意義についてご寄稿いただいた。(artscape編集部) V&Aにあるサンティアゴ・デ・コンポステ
仕事としてではなく自分自身のために芸術や学問を「楽しむ人」を意味する。語源はイタリア語の「dilettare(楽しませる、楽しむ)」。ディレッタンティズムとは、そうした享受の仕方や態度を指す。日本語では「好事家」あるいは「芸術愛好家」などと訳されることが多い。すでにイタリアで17世紀に語句としての使用が確認されている。イギリスでは18世紀前半、古代美術愛好を唱えて設立された「ディレッタント協会」によって一般に広まった。「ディレッタント」と呼ばれる人々はおおむね、特権的な学芸知識と富を背景に芸術品を自由気儘に享受できる立場にあった。そのため啓蒙主義者や芸術家からの反発も受けやすく、しだいにこの呼称は専門家の学術的探求に対する素人の個人的な趣味道楽といった側面が強調され、蔑称的性格が強まっていった。より広義の「芸術愛好」という意味を持つ語としては「amature(アマチュア)」も使われる。 [
2015年11月1日、六本木ヒルズクラブで千載一遇のチャンスを得て、福岡市美術館の山口洋三さんとともに初対面の富野監督にいきなり「展覧会やらせてください!」と直談判し、その場では断られたものの、その後しつこく何度も企画書を送り続け、根負けした監督からオーケーをいただくまでに約1年。「成田亨 美術/特撮/怪獣」(2014-15)を福岡、青森とともに開催した富山県美術館の若松基さん(現富山県水墨美術館)、「美少女の美術史」展(2014−15)などをトリメガ研究所として一緒に企画した川西由里さん(島根県立石見美術館)と村上敬さん(静岡県立美術館)、そして2013年に「超・大河原邦男展」を企画した小林公さん、岡本弘殻さん(兵庫県立美術館)という心強い「同志」が加わり、6館7名の学芸員で企画、準備を進め、2019年6月22日に福岡市美術館で立ち上がった「富野由悠季の世界」展。 9月1日で福岡展が終わ
2020年はコロナが世界を震撼させた年となったが、タイでは別の意味で世界がひっくり返るような年となった。若者たちを中心に、実質的な軍政である現政権の退陣、民主主義に則った新憲法制定、さらには、王室制度の改革まで要求する運動が持ち上がったのである。王室は神聖なものであり、触れることは絶対にタブーとされてきた王室問題を、しっかりと見つめ議論しようという運動が1932年の立憲革命以来初めて大規模に起こったことになる。これまで19回にも及ぶ軍事クーデター★1と憲法廃止の繰り返し、そして軍事クーデターが無理と思えば司法クーデターという手段すら駆使して権力を維持してきた支配層は、中高生をも含むこの新たな運動に驚愕した。3つの要求はまだどれも満たされていないものの、タイをもう二度と元に戻れないところまで運んだという意味で、2020年民主化運動の意義には計り知れないものがある。 1970年代、1990年代
2020年8月25日に正式公開されたジャパンサーチは、我が国のさまざまなデジタルアーカイブと連携し、多様なコンテンツを統合的に検索できる「国の分野横断型統合ポータル」である。内閣府知的財産戦略推進事務局が庶務を務める「デジタルアーカイブジャパン推進委員会・実務者検討委員会」の方針のもと、さまざまな機関の協力により、国立国会図書館がシステムを開発・運用している。2020年10月末現在、25連携(つなぎ役)機関を通じて114データベース2100万件以上のメタデータ★1を検索できる。 本稿では、2019年2月に試験版を公開し、このたび正式版公開という節目を迎えたジャパンサーチについて、「柔軟な連携の仕組み」「二次利用条件の整備」「利活用のプラットフォーム」という三つの特徴を柱に、構築の背景や今後の方向性も含めてご紹介する。なお、本稿に含まれる意見等は筆者個人の見解であることをあらかじめお断りして
ミュージアムとは、その空間へ足を運ぶ人たちだけのものなのだろうか? 文化庁 国立近現代建築資料館 主任建築資料調査官と東京国立博物館 特任研究員を兼任し、歴史的資料のデジタル化とその公開利用に長年にわたり取り組んでいる田良島哲(たらしま・さとし)氏に、コロナ禍を経た今後の美術館・博物館の情報発信とデジタルアーカイブのあり方についてご執筆いただいた。(artscape編集部) ネット上で見えなくなったミュージアム 今回のコロナ禍の最中、ミュージアムが運営する多くのウェブサイトを見ながら、あらためて強く感じたことがある。これまでウェブサイトに載っていた情報は、そのほとんどが「ミュージアムに行く人」つまり、実際に館に足を運んで、展示を鑑賞したり、イベントに参加したりする来館者のためのものだったということだ。ミュージアムの活動が縮小を余儀なくされ、展覧会やイベントの中止や延期、展示室の閉鎖が相次ぎ
発行所:ゲンロン 発行日:2020年3月20日 本書の著者の大山顕は、石井哲との共著『工場萌え』(東京書籍、2007)の大ヒットで知られるライター、写真家である。本書では、日本各地の石油コンビナートなど、工場群のメカニックな構造美の探究に新たな視点をもたらした彼が、「スマートフォンとSNS」の時代における写真のあり方について、広範な視点で論じている。 「自撮りの写真論」、「幽霊化するカメラ」、「航空写真と風景」、「ドローン兵器とSNS」、「Googleがあなたの思い出を決める」など、23章にわたって論じられる内容は、まさに「眼から鱗」であり、たしかにここ10年余りで写真をめぐる環境が激変したことがよくわかる。最も興味深いのは、20章の「写真は誰のものか」だろう。2019年6月から警察における取調べの可視化を義務づける改正刑事訴訟法が施行された。これは録画機器の低価格化、高性能化によってコス
美術館・図書館・公文書館・博物館(GLAM)のデジタルアーカイブ、ウェブサイトの利用者ニーズについて観察調査を行ない、論文「デジタルアーカイブをデザインする:『まだそこにいない』利用者に共感し本当に使われるサービスを作るために」(デジタルアーカイブ学会)の発表など、インフォメーションアーキテクトとして活躍しているサイフォン合同会社の代表・大橋正司氏に、情報世界から見た美術館のデジタルアーカイブについてご執筆いただいた。(編集部) デジタル技術は美的価値を帯びうるのか 本稿を執筆中の2020年2月現在、新型コロナウィルス感染症の影響が日本国内にもじわじわと広がり、多くの博物館や美術館が感染拡大を予防するため休館に追い込まれている。不意に人の眼差しを浴びなくなった作品たちとミュージアムは、どのように身じろいでいるのだろう。 物理的にその場にアクセスできなくなったときに、やはり多くの人に思い起こ
日本で育った大多数の人々にとって、「美術」「彫刻」と聞いて真っ先に思い浮かぶのは、古風な衣服をまとった西洋人の石膏像と並び、駅前や公園など、屋外の公共空間にある記念碑的な人物銅像(その多くが裸体を晒している)ではないだろうか。しかし(「美術」「彫刻」という言葉と同じく)国内でそうしたイメージが定着したのはそれほど古いことではない。その過程に何があったのだろうか? 最近のartscapeでも、 3月1日号村田真レビューでは「小沢剛 不完全─パラレルな美術史」展、また同じく4月1日号の星野太レビューで荒木慎也『石膏デッサンの100年──石膏像から学ぶ美術教育史』がピックアップされている。今号では、彫刻家で彫刻・銅像・記念碑研究者の小田原のどかが、公共空間での「女性」裸体像の起源に迫る。なお本稿に関連し、昨年4月15日号高嶋慈レビューによる小田原の個展「STATUMANIA 彫像建立癖」評も参照
「Artwords®(アートワード)」について これからのアートを読み解くために必須の用語として、artscapeが幅広い芸術・表現の分野から厳選した1,631語を収録。「現代美術用語辞典ver.2.0」を、これまでの「現代美術用語辞典ver1.0」と合わせて「Artwords®(アートワード)」という名称にいたしました。(掲載内容は1999年6月公開、2012年9月18日完全版リリースから、一部2014年、2020年に追加した情報です。現在の情報とは異なる場合があります。) 「Artwords®(アートワード)」について詳細
「嫁は飯を食いますもんな」とは、NHK熊本放送局に職員として勤務しながら、生活を切り詰め、肉筆浮世絵や茶道具などの蒐集を続けた故・今西菊松氏(1913-1987)の言葉である。★1 今西氏とは、およそ時代やジャンルは異なるが、熊本市現代美術館ギャラリーⅢでコレクション展「MY NAME IS TOKYO KAI AND I AM AN ARTOHOLIC」★2 を開催している甲斐寿紀雄(かい・ときお)氏(1984-)は、現在の九州を代表する、若手の現代美術コレクターと言えるのではないだろうか。 久留米市に在住する甲斐氏もまた、会社勤務のかたわら現代美術のコレクション活動に取り組む、サラリーマン・コレクターだ。美術雑誌に「ニート・コレクター」とも紹介され★3、九州にこんな人がいるのかと驚かされた。筆者にとっては、とても謎めいた存在だったが、2019年11月9日に当館で担当学芸員との対談形式で
あいちトリエンナーレ2019(以下、あいトリ)の参加作家であるexonemoは、1996年、インターネットが普及し始めた頃に、ネットアートの分野で活動を開始。その後もネットと現実世界の境界をテーマにするような作品や「インターネットヤミ市」などのイベントオーガナイザーとして活動を続けている。2015年にニューヨークに拠点を移し、欧州やアジア含め、世界のさまざまな都市で活動を展開。あいトリでは、ネット社会から「情の時代」を象徴するような作品《The Kiss》をメイン会場のエントランスで展示していた。(artscape編集部) あいちトリエンナーレ2019の展示風景 エキソニモ《The Kiss》2019 [撮影:artscape編集部] 日本・民主主義・現代アート あいトリの「表現の不自由展・その後」展示中止にまつわる騒動には色々考え、勉強させられた。あまりにいろんなことが立て続けに起こった
キュレーターを務めたあいちトリエンナーレ2019が10月14日に閉幕した。75日の会期のうち、65日という長期にわたり、トリエンナーレ内の一企画である「表現の不自由展・その後」(以下、「不自由展」)を中止したことをお詫びする。まず、観客から作品を見る機会を奪った。報道を通じて展示内容を知り不快感を抱いた人にも、実際の展示を見て確かめてもらう機会すら作れなかった。次に、作家から作品を展示する機会を奪った。そして、不自由展の企画者である表現の不自由展実行委員会が企画を発表する機会を失わせた。合意なく中止を決定したことは表現の不自由展実行委員会の信頼を著しく損ねた。さらに、トリエンナーレ実行委員会が不自由展を中止したことで、トリエンナーレのほかの出品作家に、自らの表現に対しても制限を加えられる危機感を直接的に感じさせた。社会に対しても、美術機関としての信頼性を損ねた。 「表現の不自由展・その後」
第25回ICOM(国際博物館会議)京都大会2019のリポート第二弾。主要議題のひとつであり、開催前から関係者の間で成り行きが注目されていた「ICOM博物館定義の再考」について、キュレーターとしてミュージアムの現場を知り、博物館学の教鞭もとっている芦田彩葵氏に寄稿いただいた。(artscape編集部) プレナリー・セッション「ICOM博物館定義の再考」会場風景(2019年9月3日) 本大会では6つの決議案が提出されていたが、なかでも焦点となっていたのは、採択されれば45年ぶりの大幅改正となる「博物館の定義」だ。大会最終日の臨時総会では議論が白熱し、予定時間を3時間過ぎて、定義案の決議を延期することが70.4%の賛成によって決まった。スアイ・アクソイICOM会長は、今後も博物館の再定義に向けての開かれた議論を続けていくと述べた。 時代の変化によって更新されてきた博物館の定義 ICOMの正式名称
この連載は「キュレーターズノート」という名称で、展覧会レビューと自館事業の紹介を繰り返し行なっている。その定期的な報告が難しいと感じたのは東日本大震災のとき以来かもしれない。この8月から9月にかけて、なるべく普段通りの日常を過ごそうとする自分がいたのも確かだが、結局のところ、多くの時間が「あいちトリエンナーレ2019」をめぐって怒り、考えたことや知らなかったことをほかの人と共有し、いくつかの活動に参加することに費やされた。したがって、今回はいつもの連載とは異なり、「表現の不自由展・その後」展の中止とそれによって引き起こされた出来事をめぐって考えたことを書く。 ※本稿は2019年9月22日時点で書かれたものであり、その後の経緯については加筆していません。 戦争を生み出した人間の罪──《旅館アポリア》の複層性 ただ、もちろん今回のあいちトリエンナーレにも多くの優れた作品が展示され、それを十分に
2019年1月に著作権法の改正が施行されました。また2018年末にはTPP(環太平洋パートナーシップ協定)が発効し、著作権の有効期限が著作者の死後50年から70年に延期されるなど、著作権法の変更が行なわれています。デジタルアーカイブを構築、運用するうえでもこれら著作権に対処して進めていかなければなりません。現在の美術著作権、特にインターネットを通じた美術著作権において注意するべき点を、甲野正道(こうの・まさみち)氏にご執筆いただきました。甲野氏は、『現場で使える 美術著作権ガイド2019』(全国美術館会議編、美術出版社、2019)の著者であり、文化庁長官官房著作権課長や国立西洋美術館副館長を歴任され、現在は大阪工業大学で特任教授を務められています。デジタル社会に対応した美術に関わる著作権を確認しておきたいと思います。(artscape編集部) はじめに 2018年から2019年にかけては、
あいちトリエンナーレの開催4回目にして、豊田市が会場のひとつになった。筆者は普段豊田市美術館の学芸員をしているが、今回はあいちトリエンナーレのキュレーターのひとりを兼任している。参加作家は、芸術監督やほかのキュレーターとのミーティングの上で選んでいるから、豊田エリアの作家は私ひとりで決めたわけではないが、この地の学芸員をしてきた者の視点から、今回は豊田エリアに絞ってあいちトリエンナーレ2019を紹介することにする。 街の光と影 豊田市は、その名の通りトヨタ自動車が本社を置く企業城下町である。しかしこの地を訪れる人は、同じく自動車産業の街として知られるデトロイトやシュトゥットガルトのように、街に降り立てば巨大な企業のロゴが目に入り労働者が行き交う、産業都市特有の雰囲気がないことに気づくだろう。社屋や工場は郊外にあって、街の中心部はむしろどこにでもある地方都市といった印象である。豊田には、今回
公立美術館において開催される漫画、アニメ展に関する一考察 ──「富野由悠季の世界」展と「シド・ミード展 PROGRESSIONS TYO 2019」 最近、漫画やアニメ、ゲームの展覧会が増えたような気がして、ちょっと気になって調べてみた。勤務している青森県立美術館でもマスコミの主催で近年開催された展覧会(いわゆる「貸館」というやつですね)は2015年度が「誕生60周年記念 ミッフィー展」、2016年度が「みんな大好き!!トムとジェリーの愉快な世界展」、2017年度が「エフエム青森開局30周年記念・連載30周年記念 ぼのぼの原画展」、「蒼木うめ展 in 青森」、そして昨年が「シンプルの正体 ディック・ブルーナのデザイン展」、「誕生15周年記念 くまのがっこう展」、「新海誠展『ほしのこえ』から『君の名は。』まで」と、いわゆるアニメやキャラクターの展覧会ばかりだったことに改めて驚いてしまった。
2018年に逝去したアニメーション映画監督・高畑勲の演出に焦点をあてた回顧展が、現在、東京国立近代美術館で開催されている。ジェスチャー、アニメーションの研究者であり、『今日の「あまちゃん」から』(河出書房新社、2013)、『二つの「この世界の片隅に」─マンガ、アニメーションの声と動作』(青土社、2017)など、テレビドラマや映画の映像・音楽・演出の緻密な解読で知られる細馬宏通氏に、この展覧会を構成する作品のひとつ『赤毛のアン』について寄稿していただいた。(artscape編集部) 「高畑勲展──日本のアニメーションに遺したもの」展ちらし 高畑勲 音楽演出の秘密 映画音楽に対して、高畑勲は早い関心を示している。たとえば「映画音楽と早坂文雄の死」(「影絵」東京大学映画研究会、1955/『映画を作りながら考えたこと』[徳間書店、1991]に再録)で、高畑勲は、早坂作品だけでなく映画音楽全般につい
スタッフエントランスから入るミュージアム(1) 渉外──美術館の可能性を社会に開く 襟川文恵(横浜美術館経営管理グループ渉外担当)/坂口千秋(アートライター) 2019年07月15日号 「アートの仕事」を思い浮かべたとき、キュレーター、ギャラリスト、アートコーディネーターまではすぐに思いつきます。しかし、実際には、驚くほどさまざまな「アートの仕事」があるのです。 今回から始まるシリーズは、通用口や搬入口というスタッフが入るエントランスから、美術館のバックヤードに入ってみようという企画。毎回、さまざまな職業の個性あふれる仕事人たちに登場を願い、私たちが見ている展覧会やコレクションを縁の下から支える仕事を紹介していただきます。 第一回目、まずは美術館と外部をつなぐ窓口の役目をされている方にご登場いただくことにしました。(artscape編集部) 横浜美術館 経営管理グループ 渉外担当 襟川文恵
展覧会場に置かれている作家の直筆の手紙やスケッチ、当時のパンフレットやチラシ。以前は、展覧会場の終盤に、興味のある方だけご覧ください、とでもいうかのようにひっそりと置いてあったものが、いまでは作品と同じ並びで展示されていることがある。アーカイブや二次資料と呼ばれるそれらから、私たちは作品からだけでは得られない面白さや新たな発見を得る。この春、リニュアール・オープンした美術館のコレクション展で、そんな展示をご覧になった方も多いと思う。美術館の図書館司書として二次資料の収集・整理・保存・公開などに関わってきた鏑木あづさ氏に、展覧会のなかの資料展示についてご寄稿いただいた。(artscape編集部) 「百年の編み手たち─流動する日本の近現代美術─」展 展示風景 [Photo: Eiji Ina] 展示室に入ると、まずは『月映(つくはえ)』(1914-15)があった。版画家・恩地孝四郎(1891-
日本の美術館情報が少しずつ開かれてきている。東京2020大会が近づく中で、書籍やアニメ、文化財、自然史といった膨大な資料を横断的に検索できるポータルサイト「ジャパンサーチ」の試験運用が2019年1月から始まる予定であり、美術情報の検索利便性が上がることが期待される。また、美術図書館連絡会(ALC: The Art Library Consortium)では昨年「美術図書館横断検索」の英語版が追加され、東京文化財研究所はゲティ研究所と協定を結び、日本美術に関するデジタル情報を「Getty Research Portal」へ公開する予定である。美術館発信の情報量が増えてきたが、日本の美術館は何を、誰のために、どのように情報発信しているのだろうか。美術館の情報化の現場で活躍されている国立西洋美術館の川口雅子氏に日本の美術館情報の現状をご執筆いただいた。(artscape編集部) 1. 国立美術館
キュレーターとはなにか、という一種の「職能論」について書いてほしいという依頼を受けた。筆者はインディペンデントキュレーターとして仕事を始めて今年で7年目であり、まだまだ学んでいかねばならないことばかりであるが、現時点での、自分が仕事を行なうときの土台のようなものを執筆した。テクニカルなものではなく、理念的な部分を重視したつもりである。なお、タイトルはゲーム『クロノ・トリガー』(1995年3月11日発売)の作中BGMのひとつである。 「なぜ新しいタイプの革命が可能になりつつあることを思考しようとしないのか」★1 「ピンクの塩」が流行している★2。いわゆるヒマラヤ岩塩である。家庭料理において美的な心地よさをもたらしてくれるそのピンクは、インスタグラム時代において重要なイコンとなっている。この岩塩は、料理だけにとどまらず、バススクラブや岩塩ランプといった美容製品、インテリアとしても活躍している。
会期:2019/02/02~2019/02/03 京都市北文化会館[京都府] 「フェイクシンポジウム」、つまり「演劇」としてシンポジウムを「上演」する斬新な試み。演出と構成の遠山昇司(映画監督)は、誰かの水曜日の出来事が書かれた手紙を転送、交換する参加型アートプロジェクト「赤崎水曜日郵便局」(2014)のディレクターを務めるなど、舞台や展示のプロデュースも手がけている。「フェイク」と冠された本シンポジウムでは、実際の研究者、作家、編集者らが基調講演やパネリストを務める一方、遠山による複数の秀逸な仕掛けにより、京都をめぐる都市景観論や生活史についての議論としても、「リアル」と「フェイク」の境界を問う試みとしても非常に刺激的なものだった。 会場に入ると、舞台下手には講演台とマイク、中央にはスクリーンが設置されており、いかにも「シンポジウム」然とした設えだ。暗い舞台上に、冒頭、詩的な朗読を行なう
芸術祭と美術館の創造的な関係 ──あいちトリエンナーレ2019を控えて 鷲田めるろ(キュレーター) 2019年02月15日号 8月に始まる「あいちトリエンナーレ2019」の準備が佳境に入りつつある。昨年10月に約3分の1のアーティストを発表した。3月末にほかの全アーティストを発表する。毎週、何人ものアーティストが会場を訪れ、打ち合わせと予算の調整を重ねている。 一時的な芸術祭、恒久的な美術館 「あいち」の特徴は美術館を会場していることである。街中の会場もあるが、今回は愛知県美術館、名古屋市美術館に加え、豊田市美術館を使う。それぞれ充実したコレクションを持つ美術館である。今日、日本で芸術祭が乱立していると言われているが、そのうちの多くは県立・市立規模の美術館なしで行なっている。ヨコハマトリエンナーレや福岡アジア美術トリエンナーレは美術館を会場としているが、1館のみである。多くの芸術祭が美術館
去る2018年11月30日、文化庁主催シンポジウム「芸術資産『評価』による次世代への継承──美術館に期待される役割」が開催された。文化庁主催ということ、およびそのタイトルから来場者の多くが予想・期待したのは、同年5月に突然報道され議論を呼んだリーディング・ミュージアム(先進美術館)をめぐる、その先の議論であっただろう。このことも念頭に置きつつ、シンポジウムの概要をレポートしたい。 「芸術資産」をめぐって 登壇者は6名。ファシリテーター的役割も担った青柳正規(東京大学名誉教授、山梨県立美術館館長、前文化庁長官)、経済学の領域から柴山桂太(京都大学大学院人間・環境学研究科准教授)、また研究者側から加治屋健司(東京大学大学院総合文化研究科准教授)、アーティストの名和晃平、建築家の田根剛が参加。さらにコレクターの岩崎かおりも開催告知後に参加が決まった。前半は青柳の基調講演および柴山との対談、後半は
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