サクサク読めて、アプリ限定の機能も多数!
トップへ戻る
体力トレーニング
daen.hatenablog.jp
筒井康隆のエッセイ。自衛隊の海外派兵問題・死刑囚の永山則夫と日本文芸家協会の問題など、話題としては古いんですが、今読んでも十分に面白い。 たとえば、自衛隊の海外派兵問題についてはこうです。 世界史的転換期に国連平和協力法案というものが重なったため、心の落ち着きのないままに膨張発展してきた日本で「国際社会の一員としての自覚」だの「いつまでも今までのような態度をとり続けていることは許されない」だのという、見かけだけはカッコいいが、あまり意味のないことばが叫ばれはじめているのも、国家としての威信を身につけようとしているあらわれなのだが、現在の日本の資質から考えてこれほど遠く離れた願望はない。(中略) 別段カッコよくアメリカに「NO」などという必要はなく、「そんなこと言いはったかてまだ人質がおりまんがな」と、カッコ悪くおろおろ声で泣くだけで何もしないでいた方がむしろ、商人国家としての日本、最近景気
誰が得するかは知らないが、少なくとも私が得したことは間違いない、そんな年間ベスト本の紹介です。 実用書 ナシーム・ニコラス・タレブ 「反脆弱性 不確実な世界を生き延びる唯一の考え方」 MBAにおける意思決定の講義では、それぞれのシナリオごとの確率とその影響(金銭的な損得)を予想して期待値を計算するというのをやるんですが、タレブによれば、そうしたやり方は完全に間違っている、とのことです。すなわち、そもそもここでいう確率というのは、過去に起きたことが未来も起こるだろうという強い仮定の上に成り立っています。仮に過去のデータがそろっていたとしても、そもそもそのデータもリーマンショック前のサブプライムローン市場のように、非常に短い期間においてたまたまうまくいっている時だけを切り抜いている可能性もあります。一見、データに基づいて理性的に判断しているようでいて、実は、非常に「脆い」(ランダムな事象に弱い
非常に面白かった。欧州のトップスクールに留学していると、キャンパスビジット対応で「MBAに来ると、どんないいことがあるのか?」と聞かれることが多い。「MBAでどれだけスキルが磨けるのか? そもそも、どれだけ優秀な人ならMBAに来れるのか?」といった問いもよく聞かれる。 就活ランキング上位の大手企業の方が、就活生のようなフレッシュさで目を輝かせながら質問してくるので、ついつい、こちらもドヤ顔でアピールしてしまう。 しかし、本音を言えば、MBAなんて「ぱっと見なんかスゴそうな奴が、ぱっと見なんかスゴそうなキャリアアップをするための、転職予備校」に過ぎないと思う。 基本的にみんなグローバル企業出身で、何か国語も喋れて、性格もナイスガイなエリートなので、最初会うと「おー!すげー!」と圧倒されるが、いざ一緒にグループワークしてみると「……ん? こんなガバガバな詰め方でいいのかこれ?」と首を傾げること
MBAは何かを学ぶ場というよりも、知識も経験もある社会人が、お題に対して自らの仮説を提示したり、クラスメイトの仮説をクリティカルに検証する場なので、丸腰で臨むと死ねます。なので、講義では当たり前すぎてスルーされるけど、やっぱりこれは知っておいた方がいいんじゃないか、という基本装備を紹介します。 津田久資「「超」MBA式ロジカル問題解決」 タイトルがちょっとアレなんですが、仮説思考、MECEがとてもよくまとまっています。課題を解決するアイディアがぱっと思いつけば最強なんですが、私たち凡人にはそれは無理なので、状況を場合分けして、とにかく手触り感のあるレベルまで細分化してから、考える、というプロセスを踏まないと何もいいアイディアが浮かばないんですよね。 例えば、「公園のハトが減っているが原因を洗い出せ」って言われても、パッと「環境ホルモンかなんか?」としか思わないのですが、もれなくだぶりなく、
個人的に尊敬する思想家としてはハイエク、ニーチェあたりを筆頭に、ヒューム、ノージック、フーコー、アドラーあたりを挙げるわけなんですが、やはりミルもすごいですよね。LiberalでDemocraticな社会の源流というか、今の当たり前がまだ当たり前でなかった時代の先駆者なわけですから、そりゃ偉大ですわ。さて、そんな自由主義者がいかにして生まれたのか、どのような環境で育ち、どういった人や本に影響を受けたのか、を綴ったのが本書。当時の社会情勢も実況されていて、読み物としても普通に面白い。 ミルさんは、めっちゃ謙虚な御仁なので、あれですよ、自分なんて別に大したことない、ただ単に周りのすげー奴の話を論理的に整理してまとめて議論したり出版しただけ、なんて言ってますけど、経歴見る限り、やっぱミルさんも半端ないです。ポイントは3つ。 (1)ほとんどヒントを与えられず何事も自分で考える教育を徹底的に受けた、
誰が得するかは知らないが、少なくとも私が得したことは間違いない、そんな年間ベスト本の紹介です。 私は好きにした、君たちも好きにしろ、的な精神で自由に選出しています。 過去のランキングはこちら。 誰が得するんだよこの本ランキング・2008 誰が得するんだよこの本ランキング・2009 誰が得するんだよこの本ランキング・2010 誰が得するんだよこの本ランキング・2011 誰が得するんだよこの本ランキング・2012 誰が得するんだよこの本ランキング・2013 誰が得するんだよこの本ランキング・2014 誰が得するんだよこの本ランキング・2015 誰が得するんだよこの本ランキング・2016 実用書 ケネス・S・ロゴフ「現金の呪い――紙幣をいつ廃止するか?」 ハーバード大のロゴフは、高額紙幣の廃止と中銀による電子マネー発行を提案しています。例えば、日本国民は一人当たり約80万円のお札を持っています(
Twitterで5000兆円欲しい!というネタが流行っていたが、その金で何を買いたいか誰も話しておらず、みんな夢がないなあ、と思った。とはいえ、とりあえずお金が欲しい、将来が不安だからいっぱい欲しい、できれば5000兆円欲しい!という気持ちはよくわかる。というか、実際そうなのかもしれない。すべての家計がとりあえず5000兆円分の日本円を欲しがっているが、とくに買いたいモノ(財・サービス)はない、と仮定すると日本経済をうまく説明できる可能性がある。 1.モノの市場の需要と供給 主流派のマクロ経済学では、買いたいモノがない、という状況は短期的にはありえても、長期的には解消される(はず)、と考える。どういうことだろうか。まず、買いたいモノがないということは、正確にいうと、買いたいほど魅力的なモノが売っていない、ということであり、さらに言うと、魅力的なモノが手頃な値段で売っていない、ということであ
正直、宇宙にはあんまり興味がない(ついでに言うとガンダムも観たことない)。マイクロ波送電による宇宙太陽光発電の実用化(「100年予測」参照)や、さらにその先の軌道エレベーター実用化ぐらいになってくると、新たな産業としての興味も沸いてこようが、ロケットの打ち上げに一喜一憂している程度の現状において、なにか考えるべきことがあるのだろうか、というスタンスであった。多くの人にとっても、宇宙とは、遠すぎる場所であり、人間として生きるには極限状況すぎる論外の場所なのではないだろうか。 本書も、宇宙における倫理学というよりも、人間が宇宙に行く意義とその物理的な困難性を比較したうえで、生身の人間には荷が重い、と結論づけている。これ自体に異論はないだろう。面白いのは、さらにその先で、生身の人間には無理でも、身体改造した人間にはできるかもしれないし、アップロードされた人間の知性を備える機械にだったら余裕だろう
よすぎた。 よすぎて魂が完全に浄化された。 具体的にどこがどうよかったか、これ見よがしに分析したいのだけれども、それすらかなわないほど没頭してしまった。仕方がないので、「君の名は。」が好きすぎる人向けの作品を4つ紹介してお茶を濁したい。ネタバレは容赦なくしている。 グレッグ・イーガン「貸金庫」(「祈りの海」収録) 朝起きたら見知らぬ部屋にいて、見知らぬ他人に成り変わっているという設定だと、この短編が面白い。「君の名は。」では幸いにして、東京のイケメン男子にしてくださぁい! という願いの叶った三葉であったが、これが中年のおっさんの身体だったとしたら途端にホラーだったであろう。この短編の主人公の状況はさらにひどく、朝起きて自分が誰の身体に乗り移るかは完全にランダムになっており、その度に必死に周囲の状況を把握し、うまく話を合わせて乗り切る、ということを繰り返している。固有の身体を持たない、この精
http://alfalfa.livedoor.biz/archives/51267073.html http://alfalfa.livedoor.biz/archives/51319515.html CERNの大型ハドロン加速器(LHC)は1週27キロメートルある円周を使って陽子を回転させ衝突させる機械です。なぜこんなことをやるのかというと、衝突の瞬間莫大なエネルギーが生まれビッグバン以来実現しなかったエネルギーの状態を人工的に作り出せるからです。さて、この実験でミニ・ブラックホールが生成される可能性があります。*1 ブラックホール。天体ですらも飲み込み光ですらも脱出できない時空の穴。そんなものがこの地球上で生まれたら地球も丸ごと飲み込まれてしまうじゃないか。人類を滅亡させる気か! ―――という感覚的な意見を持つ人が多いと思います。しかしこの実験で生まれるミニ・ブラックホールは電子の質
エヴァ新劇場版Qが消化不良すぎて、こんなん作ってる暇があるんだったら、はよエヴァの次回作作らんかいなどと思っていたら、想定外によかったです。エヴァ新劇場版・破よりも面白いんじゃないかっていうぐらいです。 だって、使徒みたいな怪獣が東京湾に上陸しているのに、手持ちの駒にエヴァはなくて自衛隊しかないわけですよ。圧倒的に絶望。そして怪獣映画的なスリルもありますが、災害ものでもあります。ゴジラは、津波であり地震であり原発であるんですね。まあ、しかもおまけに核兵器でもあるんですが。とにかく、そうした動く災害、歩く絶望をどうやって食い止めるか、被害の拡大をどう防ぐか、知恵を絞り、泊まり込みで働き続ける官僚・政治家たちのドラマとなっています。とにかく会議、根回し、交渉、総理レク。大量の青いドッチファイルを抱えながら走り回る姿に感動します。エンディングで中島みゆきが流れてもなんら不思議ではない。以下、ネタ
会話が多すぎてやばい、画面が動かなすぎてやばい、と評判を聞いて観る前は不安でいっぱいだったんですが、想定以上によかったです。絵は奇麗ですし、やはり原作の設定の良さがいきていますね。プライバシーが消失した近未来の管理社会が舞台で、誰もが自分の評判を気にして生きており、他人から「いいね」をもらうためにやさしく振舞おうと努力せざるをえない。フェイスブックを開かなくても拡張現実によって、リアルでその人を認識した瞬間に、その人の評判がわかるようになっており、もう本当にうっとうしいし、うんざりするような社会なのです。 そうした息苦しさから逃れるために、自分の身体は公共のためのリソースなんかじゃない、社会に飼いならされた豚をやめて自分の身体は自分のものだと宣言しよう、などと主張するテロリストがでてくるのも自然です。まあ、そのテロリストの真意は全く別のところにあるわけですが……。とにかく、中盤まではかなり
とんでもない新人が出てきたな、と読了して思った。本書は中編が2つ入っているが、そのどちらも長編3冊分くらいを凝縮したような濃度となっており、大変読みごたえがあります。まず「太陽」。これは、人類の歴史をものすごくミクロな、俗っぽい個人の描写をつなぎ合わせて、最終的には人類の終末、そして太陽の終末まで持っていくという、疾走感のある作品です。舞台の中心は現代で、その中で、まあ色々な人間が、色々な欲望を持ちながら生きているなあ、という、いかにも典型的な文学パートがあるんですが、そこから急激に時代が1万年ぐらい経って、「人類の第二形態」とかいう話になるんですよ。すごい。進化してる。ポケモンか。 で、この「人類の第二形態」が何かというと、それはもう、技術が発展しすぎて、ありとあらゆる不自由がなくなり、人類がみな平等の状態、と説明されます。素晴らしいじゃないか、と「人類の第一形態」であるところの僕たち現
最近の村上龍は「カンブリア宮殿」で、強引に経営者の成功の秘訣をまとめたりしていて、成功の十分条件でないもののをあたかも統計的に有意な十分条件であるかのように喧伝する自己啓発書のような胡散臭さを帯びていて、正直ちゃんとした小説を書いているのか不安だったが、それは杞憂に終わった。本書は、高齢化による労働力不足で移民を受け入れたものの、絶対的な富の不足により内戦状態になり、社会を階層化して分断させることで無理やり治安を維持している100年後の日本を描いた小説であるが、冒頭の30ページ読んだだけで傑作だと予感させた。「五分後の世界」に近い。 いくつかの面白い設定がある。例えば、敬語の廃止だ。2050年ぐらいに起きた文化経済効率化運動という、共産中国の文化大革命ばりの運動があって、その一環で「意思の伝達を非効率にさせ、政治や経営の意思決定において有害」だとして、敬語の使用が禁止される。たしかに、仕事
言語SFでポスト構造主義SF。言葉のルールを解体しちゃったらどうなるの? 通常の言葉とは違うルールを持つ言語は可能なの? という話。とてつもなく面白かったです。今のところ神林長平ではベストかな。 言葉のあやふやさ まずポスト構造主義ってなんだよ、という話からはじめましょう。まあ付け焼刃の知識なんで間違っているかもしれませんが、一応解説します。ポスト構造主義とはありとあらゆるイデオロギーを言葉で解体しようというものです。どんなイデオロギーも言葉をベースにしています。でもこの言葉っていうものは意外とあやふやなものです。たとえば「言葉」について辞書で調べてみましょう。 【言葉】 人が声に出して言ったり文字に書いて表したりする、意味のある表現。 では、その「意味」を調べてみましょう。 【意味】 言葉が示す内容。 おい! また「言葉」に戻ってきちゃったよ! このように、言葉というものはそれ自体で成り
国産SFの最高峰でしょう。2004年度「SFが読みたい!」国内篇第1位の、飛浩隆の短編集。テッド・チャンと並び賞されうる才能です。型破りなアイディアとそれをストレートに伝える清新な文章。作品のテーマは様々なんですが、強引に一くくりにするなら美術SFであり芸術SFと言えます。人が何かを美しいと感じる時、その「美」はどこから生まれてくるのか。美術評論家だけが気にするような話題ですが、これをSFという視点で捌いたとき、誰もが目を瞠るような美しさがたち現れます。一見、ただキレイなだけの文章を並べているかに見えます。しかし美を解き明かすというテーマを考えるとそれは間違いです。全てがその中身と表面において美しさを象っており、それゆえにこそ清冽な感動がありました。以下かるくネタバレ。 デュオ 倒叙ミステリかつ音楽SF。双子の天才ピアニストを殺したその驚くべき方法と理由。この短編集の中で一番好きな作品です
科学と政治の根源的な癒着を暴いた名著。科学と政治の癒着と聞くと、悪徳官僚とマッドサイエンティストが「越後屋お主も悪よのう」「いえいえお代官様ほどでは」「フハハ!」「フヒヒ!」と悪巧みしている構図が目に浮かびますが全然違います。むしろ「政治家って悪いヤツばっかですよねー。え、僕? やだなあ、僕は善良な市民ですよ、ハハ」とか真顔で言っちゃうような人がいかに政治的に動いているか、ということを言っているのです。 本書のテーマは、科学がいかに政治的に利用されてきたか、逆に政治がいかに科学を歪曲してきたかです。人種差別のためにでっち上げられた数字、階級支配の維持のために利用されるIQテストなどなど……。いかに社会的なフィルターによって科学が測りまちがいをしてきたか、データの細かな検証によって誰の目にも明らかなように示しています。 科学がなぜ政治色を帯びてしまうのでしょうか。グールドに言わせれば、科学と
素晴らしかった。国を創る。それも世界のシステムに変革をもたらすような帝国を創るという、壮大な物語だった。本書は新世紀の小林多喜二「蟹工船」になる。 当然、日本からは領土をぶんどって独立宣言をしなくてはいけない。その後は領土を守るための軍事力を持たなければならない。それだけなら反政府武力組織にすぎないので、今度は他国の政府から国家として承認をもらわなければならない。この全てを行うためには途方もないお金が必要になるから、それも稼がなくてはならない。 実際本書の中身はほぼ金儲けの話に当てられている。小説風味のビジネス書として読んでもらってもいい。しかも、ビジネスモデルが「これは」と思わせるような新しさを持っていて驚かされる。とくに終盤では証券市場まで設立してしまうのだが、これなんか現状の「監査してもらう側の企業が監査法人を雇う」という粉飾決算の温床のようなシステムを丸ごと改革するもので、単純に素
2012年は、中学高校時代に読んだ名作の書評をたくさんアップしました。ずっと温めてきたものを一挙に放出したので、例年よりもハイレベルのラインナップです。気持ちとしては「誰が損するんだよこの本ランキング」にしたいところですが、ブログ名との兼ね合いでこのタイトルになっています。実用書とフィクションそれぞれベスト10を発表するので計20作です。 過去のランキングはこちら。 誰が得するんだよこの本ランキング・2008 誰が得するんだよこの本ランキング・2009 誰が得するんだよこの本ランキング・2010 誰が得するんだよこの本ランキング・2011 実用書 第10位 ドナルド・A・ノーマン「誰のためのデザイン?―認知科学者のデザイン原論」 心理学の実験ではたいていある種のゲームの中で人間がどのようにふるまうかが着目される。本書ではその逆で、意識的になにか物事を考えるような場合ではなく、日常生活の中で
日本はなぜ負けると分かっていたのに、あんな戦争を始めたのか? ―――という問いには決まってこう答えられる。ファシズムのせいだ。一部の権力者に権力が集中する体制だったから、あのような無謀な動員が可能だったのだ、と。それに対して、本書は、ファシズムが未完成だったからこそ、戦争がはじまったと主張する。全体を管理する権力者がいれば、非合理的な戦争は起こりえない。しかし、たとえトップがこの戦争は非合理的だと思っていても、その意思を組織に徹底させることができなければ、現場の思惑次第でなし崩し的に戦争は始まってしまう。 この本の面白さは、権力が集中する体制のほうが戦争を起こしやすいという一般的なイメージを覆す点にある。むしろ権力が集中する体制のほうが、トップが集まったすべての情報をもとに意思決定するので、不十分な情報の中で組織のそれぞれの部署が意思決定する分権的な体制よりも、意思決定が合理的かもしれない
小説を読みすぎて、もはやいかなる物語が自分を真に感動させてくれるのかわからなくなってしまい、ここはひとつ批評の本でも読んでみようかな、と思った。僕にとって東浩紀はグレッグ・イーガンを褒めたという点で評価に値する人であり、加えて「クォンタム・ファミリーズ」という傑作の作者という認知である。あんまり批評家としては興味が無かったのだが、本書はなかなか面白かった。著者の認識は、大きな物語という、世界の有象無象の深層を貫き、世界に統合をもたらすような概念が失われた、というものである。まあ、なんとなくそうだよね、という感じはする。何を頼りに生きていけばわからない、不確実性の高い時代を、大きな物語が失われたのだ、と表現されると、そういうもなのかな、という気もする。しかし、だからといって、アニメなどのサブカルで、ストーリーが希薄化し、萌えるシチュエーションの順列組み合わせが流行しているのも、大きな物語が失
「自分の頭頂部が天から吊り上げられているようイメージしてください」。 社会人がマナー研修でよく聞く言葉だろう。姿勢をよくするためには、背筋を伸ばし、筋力を使って胸を張り、顎を引かなくてならない。そのような一連の制御を自然にこなすために、かくのごときフレーズが使われる。しかし、なぜ僕たちは自由になるはずの身体を、そのように制御しなくてはならないのだろうか。 講師曰く、「マナーとは、自己満足の対極にある概念です。たとえ、そのだらしない姿勢があなたを心地よくさせても、他人は不快に思うかもしれないでしょう」と。 つまり、僕たちは他人の快楽のために、自己を制御しなくてはならないのだ。他者の目に不愉快なものが映らないように、自分の身体を部品のように使用しなくてはならないのだ。フーコーはそのような規律・訓練のはじまりを、軍隊に見出す。 一つの身体は、人々が配置し動かし他の身体に連結しうる一つの要素となる
「もし国家が存在しなかったなら、国家を発明する必要があっただろうか。国家は必要か。国家は発明されねばならないか」。 この、過激な問いかけから本書はスタートする。 まず国家の役割として治安の維持・防衛があげられる。しかし、こういったサービスの提供は国家の独占事業ではなく、民間軍事会社やセコムだって、似たようなサービスを提供できる。よって無政府状態にあってはいきなり国家のような仕組みができるのではなく、まずは人々を守るサービスが自発的に始まるだろう。ノージックはそのような契約ベースの仕組みを保護協会と名付け、無政府状態では複数の保護協会が乱立するはずだと考えた。 そして、その保護協会は会員数が多ければ多いほど紛争解決機関としての競争力が高まるから、ひとたび優位にたつ保護協会が出てくると、それは競合他社を圧倒し、支配的な保護協会にまで成長する。 とはいえ、この保護協会は会員に対する外部からの侵害
経済学では、財は、その使用によってなんらかの効用 utilityを得るための手段です。ここでいう効用とは、快楽であり、幸福であり、欲望の満足です。経済学は財の効率的な分配を研究していますが、それは結局のところ、僕たちが効用を効率的に得るための道具なのです。 そこでこういう疑問が出てきます。では、なぜ効用そのものが直接、売買されないのだろうか。なぜ、しあわせは商品化されないのだろうか。 本作は、脳内の物理的状態を変更できるナノマシンによって、しあわせが、いとも容易く得られる世界を描いています。この技術の衝撃はすさまじく、既存の価値観はことごとく破壊され、生きる理由でさえも、どこにも見出せなくなりそうな絶望に襲われます。いや、その絶望ですらも、無意味にしてしまいます。パラメータをちょっといじっただけで完全に消えてしまう程度の絶望なら、はたして絶望と言えるのでしょうか。まあ、同じことは希望にさえ
中学生の僕の心を最も揺さぶったのが村上龍「希望の国のエクソダス」だとするならば、大学生の僕が最も影響を受けたのはおそらく本書ではないか。 なにせこの本を読んで法曹をめざしたくらいだ。結局、法曹にはなれなかったけれども、本書が提示する法制度の穴をつくようなライフスタイルにはいまだ憧れを持っている。しかし、なぜそのように政府に盾突かなくてはいけないのだろうか。一市民として安穏に暮らせばそれでよいのではないか。そのような疑問に、本書はリバタリアニズムでもって答える。 政府は、とくに民主主義国家の政府は、少数派にとってはやっかいな存在だ。自分が賛同してもいないのに、それが多数派の選択だというだけで、強制を余儀なくされる。もちろん、多数派が望むことなのだから、多くの人にとっては好ましい政策だろうし、その政策によって幸福な人生を生きることのできる人もいるだろう。それが、福祉国家 welfare sta
不滅の小説。 中編2編が収録されており、表題作はものを書くとは何かという話で、「良い夜を持っている」の方はものを読むとは何かという話です。そしてどちらも、不滅という珍しいテーマを扱っています。僕は「良い夜を持っている」の方が圧倒的に好きで、グレッグ・イーガン「順列都市」に類する作品だと評価します(最大級の賛辞)。架空の世界を構築する男の話という点では村上春樹「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」と似ていますが、文体も内容もこちらのほうが百倍面白いです。 さて、「良い夜を持っている」では、異常な記憶力を持つ父が登場します。あまりにも記憶が鮮明すぎて、過去の回想と現在の知覚が区別しかねるほどの、超人的な記憶力なのです。この父は、それゆえ時間という概念をうまく理解できません。 たとえば、事象がA→B→C→Dと順番に発生するのを見て、その状態の変化を、僕たちは「時間が過ぎていく」と表現する
「戦争は、人びとがほかの人びとを殺すときに始まるのではない。報復として自分が殺されるリスクを冒す時点で始まるのだ」 *1 では、ラスベガス近郊にいながら遠隔操作でアフガン上空を小型飛行機で索敵する兵士は、はたして戦争に参加しているのだろうか? ロボットが人間の兵士の役割を代替することで、今、戦場は劇的に変わろうとしている。そして戦争の変容は、社会の変容をもたらす。本書は、他にはないスリリングな切り口で戦争を論じた、最高に面白い一冊だ。 たとえば、カントは民主制は戦争を抑制すると論じたが、その根拠は「ふつうの市民なら自分が死ぬのが怖くて戦場になんか行きたくない」というものだった。しかし、朝に子どもを保育園に送り、昼は軍の施設で遠い戦場のロボットを遠隔操縦し、夜はまた家に帰ってきてアメフトの試合を家族と観る、そんな兵士が多くなってきている。兵士が死ぬリスクが減っていけば、たとえ民主制といえでも
爽快感のある映画でした。アニメ映画といえばジブリの独占市場なイメージがありますが、全く引けを取らない面白さがあります。筒井さんらしい意味不明なセリフもあり、ご本人も声優として参加しているので原作ファンも納得できるのでは。最後がやや急で超展開でしたが、原作はさらにカオスなことになっていましたし、尺を考えるとかなり綺麗にまとめてくれたので十分です。それに個人的には、考察しがいのある味わい深い謎を残してくれたと思います。原作よりも好きな映像作品なんて本当に久しぶりです。「蟲師」以来の大ヒット。 以下ネタバレあり。 考察:「夢見る子どもたち」の意味 ラストの刑事が「夢見る子どもたち」という映画を「大人一枚」と言って観る……というワンシーン。さらっと見逃してしまいがちですが、このシーンには様々な意味が込められていると思います。 友達と一緒に映画を作りたい! というまさに「夢見る子ども」だった刑事が大
今年は震災や就活でぶっちゃけ本とか読んでる場合じゃないって感じだったんですが、なんだかんだ140本くらい書評を書きました。そこで恒例の年間ベストです。気持ちとしては「誰が損するんだよこの本ランキング」にしたいところですが、ブログ名との兼ね合いでこのタイトルになっています。実用書とフィクションそれぞれベスト10を発表するので計20作です。 過去のランキングはこちら。 誰が得するんだよこの本ランキング・2009 誰が得するんだよこの本ランキング・2010 実用書 第10位 岩井克人・佐藤孝弘「IFRSに異議あり」 IFRSは2012年に上場会社に強制適用するかどうかが決定され、最速で2015年に強制適用が開始します。会計基準もグローバル・スタンダードなどという文句とともに、導入は既定路線です。本書はこのIFRSを理論的に批判したもの。政策提言の本でありながら、会計学の資産負債アプローチを理解す
次のページ
このページを最初にブックマークしてみませんか?
『誰が得するんだよこの書評』の新着エントリーを見る
j次のブックマーク
k前のブックマーク
lあとで読む
eコメント一覧を開く
oページを開く