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内田樹に関するunyounyoのブックマーク (6)

  • 「他者への憎悪は身を滅ぼす」内田樹が語る”呪いの時代”を生きる知恵

    炎上、祭り、バカ発見器……と、ネットの中では今日も他人を非難することに忙しい。他者への憎悪や嫉妬を撒き散らすこの風潮は、いまやネットの世界から現実の社会へと広がっている。しかし、そんな世相に対して疑問を呈するのが、思想家の内田樹だ。昨年上梓した『呪いの時代』(新潮社)では、他人に対する「呪いの言葉」を徹底的に批判する。いったい、「呪いの言葉」とは何なのか。そして、その言葉を退けるためにはどうすればいいのだろうか。現代社会を生き抜くための知恵を聞いた。 ――まず、書で示す「呪いの言葉」とはどのような概念でしょうか? 内田樹氏(以下、内田) 単独で「呪いの言葉」というと観念的になってしまうので、同じく書で提示している「祝福の言葉」と対比したほうがわかりやすいと思います。「呪いの言葉」は、人を記号化したり、カテゴライズしたり、一面だけを切り取ってその人の全体を表してしまう言葉です。「反革命」

    「他者への憎悪は身を滅ぼす」内田樹が語る”呪いの時代”を生きる知恵
    unyounyo
    unyounyo 2014/07/25
    内田樹にしてはいい本のようだが何が呪いかには怪しいところもありそうな。ここの例でいえば自分も充分に呪われてるな^^;;
  • 通俗的な、サルトル(笑) - 猿虎日記

    徐京植『秤にかけてはならない──日朝問題を考える座標軸』(影書房、2003年)に、内田樹氏のサルトル批判に対する徐氏の反批判がある、ということをrom_emonさんに教えてもらった。というわけでamazonで購入し、とりあえず該当箇所だけ読んでみた(他のところはあまりまだ読んでいない)。 徐──だから、多くの日の人々はやはり必勝不敗です。その一番典型的なのは内田樹氏です。彼は、最初から自分は負けているのだと頭をかいているけれども絶対に負けないのです(笑)。これほど退嬰した言説がもてはやされる日社会とは何なのかと思います。(……) 徐──そうですね、内田氏のことであまり時間を取らないほうがいいと思うけれども、やはり典型的に表れているのが、『ためらいの倫理学』(冬弓舎)のなかでの彼のサルトル批判です。「サルトルは、周囲のフランス知識人に先立って第三世界の被抑圧民族に謝罪することによって

    通俗的な、サルトル(笑) - 猿虎日記
    unyounyo
    unyounyo 2014/02/05
    樹現象ね。
  • 内田樹は3年前に何と言っていたか?(自己保存用)

    はてなブックマークで内田樹の参院選についての感想記事が人気を集めている。 参院選の総括 http://b.hatena.ne.jp/entry/blog.tatsuru.com/2013/07/23_0850.php 現に、今回の参院選では「ねじれの解消」という言葉がメディアで執拗に繰り返された。それは「ねじれ」が異常事態であり、それはただちに「解消されるべきである」という予断なしでは成り立たない言葉である。だが、そもそもなぜ衆参二院が存在するかと言えば、それは一度の選挙で「風に乗って」多数派を形成した政党の「暴走」を抑制するためなのである。選挙制度の違う二院が併存し、それぞれが法律の適否について下す判断に「ずれ」があるようにわざわざ仕立てたのは、一党の一時的な決定で国のかたちが大きく変わらないようにするための備えである。言うならば、「ねじれ」は二院制の質であり、ものごとが簡単に決まらな

    内田樹は3年前に何と言っていたか?(自己保存用)
  • 市場からの撤収 - 内田樹の研究室

    消費増税法案が成立した。 日経は一昨日の一面で、これで日の信認が守られ、政治家たちが「消費増税の先送りという最悪の事態を避ける理性だけは残っていた」ことに満腔の安堵を示している。 税金を上げないと「日の財政再建への疑惑」が国債格付けを下げ、金利が上昇し、国債が投げ売りされ、国家財政が破綻するからである(らしい)。 この辺の「風が吹けば桶屋が儲かる」的なドミノ倒し的破綻シナリオがどれほどの信憑性があるのか、私にはよくわからない。 国債を格付けやら金利の乱高下を材料にして国債を売り買いする機関投資家というのは、平たく言えば「ばくち打ち」の皆さんである。 世界の人々が自尊心をもって文化的で愉快な生活を営めるかどうかということは彼らの投資行動とはかかわりがない。 手前の懐が温かくなるなら、どれほどの人が寒い思いをしようと路傍で飢えようと、「それは自己責任でしょ」と言い放つ方々が金融市場というも

  • 米軍のフィリピン移駐について考える - 内田樹の研究室

    これまでもアメリカの西太平洋戦略の転換を論じるときには必ず触れたことだけれど、1991年、フィリピン政府は米軍基地の存続を図る米比友好安全保障条約の批准を拒否し、植民地時代から一世紀近く駐留した在比米軍は翌年末までに全面撤退した。 米軍撤退に至るにはさまざまな国内事情があったが、「米軍基地の撤収はフィリピンの真の独立の第一歩」という、アメリカの軍事的属国状態からの脱却志向があったことが第一の要因であることは間違いない。 1987年に独裁者マルコスが倒されたあと、当時のコラソン・アキノ大統領は、新憲法を制定し、そこには「外国軍駐留の原則禁止」がうたわれていた。 米軍の海外最大の基地であったクラーク空軍基地、スーヴィック海軍基地はこのときフィリピンに返還された。 外交条約である以上、いくら「かつての植民地」とはいえ、かりにも主権国家内に政府の同意なしに基地を置き続けることはできない。 もちろん

  • 雇用と競争について - 内田樹の研究室

    フェリスへの行き帰りの新幹線車中で、下村治『日は悪くない、悪いのはアメリカだ』(文春文庫)を読む。 先日、平川克美君に勧められて、これと『日経済成長論』を買った。 下村治は明治生まれの大蔵官僚で、池田勇人のブレーンとして、所得倍増計画と高度成長の政策的基礎づけをした人である。 1987年のだから、24年前、バブル経済の初期、アメリカがレーガノミックスで「双子の赤字」が膨れあがり、日では中曾根首相が「国民一人100ドル外貨を消費しよう」と輸出過剰を抑制しようとしていた時代のである。 24年前に書かれた経済分析のが、四半世紀を経てなおリーダブルであるということにまず驚かされる。 リーダブルであるのは、(リーマンショックによるアメリカ経済の崩壊を含めて)下村が指摘したとおりに国際経済が推移したからである。 これだけ長い射程で日米経済のありようを見通せたのは、下村のものを見る眼がきちん

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