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「私、結婚しないまま25歳になっちゃってるんだ」10代の頃から結婚願望があった ――結婚への願望は、ありましたか。 西山茉希さん(以下、西山) わりと若い頃から……それこそ10代の頃から、好きな人とは結婚したいと思うタイプでしたし、子どもを産んで家族を作りたいという思いは物心ついたときから結構強くありました。 25歳を迎えるイベントかなにかで「今の心境は?」と聞かれて「私、結婚しないまま25歳になっちゃってるんだ……」と思ったのを覚えています。長岡にいたら、20歳過ぎで結婚して、25歳では1人目を産んでいるくらいの人生をイメージしていたので、東京軸と長岡軸がこんなに違うんだ、と心が揺れ動きましたね。 ――ご兄弟もご両親も西山さんのことをよく分かってくださっている。そういうご家族の中で育ったのも大きそうです。 西山 そうでした。だから余計に、自分の帰る場所、自分の家族というものへの思いは強か
「茉希ちゃん」と呼ばれるのもヒラヒラのスカートもなじめなかった ――実際に東京に出て、モデルとしてのスタートはいかがでしたか。 西山茉希さん(以下、西山) 情報も経験も皆無、東京に住むということ自体、想像もしていなかった未来が突然来た感じで。しかもたどり着いた先が『CanCam』という、華やかでかわいらしいOL向けの女性誌で、何この世界みたいな。 ――しかも全盛期の『CanCam』。 西山 「茉希ちゃん」という呼ばれ方もヒラヒラのスカートも、すべてが今までの人生の軸と違いすぎて、ほんとになじめなかった。ただ、自分が撮られることに何を思えばいいか考えたときに、緊張が一番邪魔な職業なんだろうな、と思ったんです。 カメラマンさんだと意識しなければいいんだって、長岡の仲間たちと自撮りしてる感覚に自分をすり替えるようにしたら、その空気を自分のものにすることができた。だから私は、東京でモデルをやってい
活発でじゃじゃ馬な女の子だった子ども時代 ――西山さんはどんな子ども時代を過ごされていたんですか? 西山茉希さん(以下、西山) 活発な子どもだったと思います。最初はすごくシャイで照れ屋さんなタイプから始まって、そこから活発でじゃじゃ馬な女の子になって、だけど肥満児で……っていう感じで、両方を兼ね備えていて。どっちが本当の私だったんだろうっていうのは、振り返っても正直分からないんです。 ――どちらも自分の中にあったと。 西山 幼少期から物心つくまでにすごく影響を受けてたのが、ちっちゃい頃から一緒に生活するぐらい共に過ごしていた従兄弟だったんですよね。 祖母の本屋さんの中で、毎日お留守番みたいに過ごしていたので、そのお兄ちゃんたちの影響がすごく大きいんです。冒険とか、戦いごっことか。 私は女の子だから、囚われたお姫様役で押入れの中でずっと待つ、みたいな。男の子の環境で育ったけど女の子としても扱
「週刊文春」が報じた小野田紀美経済安保相の公選法違反疑惑。小野田氏は会見で疑惑について「選挙活動には利用していません」と否定したが、「週刊文春」は選挙事務所であることを示す新たな証拠を入手した――。…
太平洋戦争末期の1944年、日本軍はイギリス領インド軍(英印軍)を相手に史上最悪とも言われる惨敗を喫した。2万人以上が激しい戦闘に加え、食糧難や感染症に苦しみながら命を落とした「インパールの戦い」である。 この戦いと同じ過ちは、「終わりなき戦争」の様相を呈する現代のイラン戦争でも繰り返されている。 このたび『完全版 インパールの戦い』を上梓した日印関係史のエキスパートである笠井亮平氏と、2018年から20年まで駐イラン特命全権大使を務め『なぜ米国はイランに負けたのか』を上梓した元外交官の齊藤貢氏が、時代も規模も地域も異なる二つの戦いの“失敗”の共通点について語り合った。 笠井 齊藤さんの『なぜ米国はイランに負けたのか』を読んで真っ先に驚いたのは、イランの戦い方がチェスに例えられていたことです。私の著書でも、英印軍をチェスになぞらえているんです。 齊藤 私も、思わぬ一致に笑ってしまいました。
「副大臣はタイアップが話題になると、『いいね、攻めてるね』『思い切ったね』と好意的な反応を示していたのですが……」(法務省関係者) Netflixの恋愛リアリティ番組『ラヴ上等2』とのタイアップが大炎上し、撤回に追い込まれた法務省。その直後、自身のXで関連ニュースをリポストしていたのは、同省の三谷英弘副大臣(50)だ。実は、そんな彼を巡って――。 三谷氏は東大法学部を卒業後、弁護士となり、ワシントン大ロースクールを修了。2012年の衆院選でみんなの党から初当選したものの、14年に落選してしまう。その後、菅義偉元首相に見出され、自民党入り。17年の衆院選では神奈川8区から出馬し、復活当選を果たした。 「以降は文科大臣政務官などを歴任し、高市早苗政権で法務副大臣のポストに起用されました。保守的な思想の持ち主で、高市首相からの信頼も厚い。今冬の衆院選では首相自ら駆けつけ、『外国人の不法滞在者ゼロ
交際破局後、元カノの自宅に合カギで侵入した男が大暴れ。彼女の友人に殴りかかり、首を絞めただけでなく、「殺すぞ」と恫喝した。元カノは警察に被害届を提出し… 7月4日の昼下がり、突然、マンションの家の鍵を開ける音がした。「え?」家主の女性が驚いて玄関の方を向くと、聞き慣れた男性の声が響いた。 「誰や、誰が来とんや!」 回収していなかった合カギで、元彼が勝手に家に侵入してきたのだ。どうやら、玄関にあった、彼女の友人男性の靴を見たらしい。元彼はもの凄い剣幕で部屋に入ってくるなり、 「お前どこの誰や!」 「道、歩けんくするぞ!」 と、次々に罵声を浴びせる。どうにか宥めようとするが、感情的になった男は止まらない。そしてキッチンに目をやると――。
「私は献金も受け取らないし、政治資金パーティーも開かないんです。何かの恩を一定の企業や宗教、団体からドンと受けると、ひもを引っ張られてしまうことがありえる」 岡山県選挙区を地盤とする小野田紀美経済安保担当相(43)。2022年7月の参院選から間もなく放送されたネット番組で、政治とカネの問題について、独特の表現で自身の清廉潔白さをアピールしていたが……。 政治部デスクが語る。 「小野田氏はアメリカ・イリノイ州シカゴ生まれ。現在の岡山県瀬戸内市で育ち、拓殖大政経学部を卒業後はゲーム制作会社に勤務。政界入りすると、東京都北区議を経て、16年の参院選に公募で立候補し、初当選した。ゲームやアニメ、漫画が好きなオタクであることを公言していることもあり、Xのフォロワーは、現役閣僚では高市早苗総理に次ぐ約111万人。SNSでの発信によって若年層からも支持を集めています」 高市政権で初入閣した小野田氏 ©︎
舞台となるのは2022年7月の参院選だ。当時、小野田氏は、岡山市内にある事務所1カ所のみを選挙事務所として届け出ている。しかし、選管に届け出ていない瀬戸内市内の事務所を、“ヤミ選挙事務所”として選挙活動に使用していた疑いがあるのだ。 小野田氏の選挙運動費用収支報告書によれば、公示日翌日の同年6月23日に「事務所賃料」として瀬戸内市内のA社に61,275円を支出している。 小野田氏は公示日当日、小野田紀美事務所のSNSに「瀬戸内事務所出陣式」と題した動画を投稿。「頑張ろーコール」で声を張り上げる姿とともに、<小野田紀美、本気の全力で頑張ります‼>と投稿している。 では、この瀬戸内事務所の中では何が行われていたのか。選挙の応援に入っていた現役の瀬戸内市議に尋ねると、こう証言した。 「市議たちが打ち合わせをしていました。選挙カーに誰が乗るか、どこから乗るか、コースをどうするかとか。小野田先生の選
太平洋戦争期の旧日本軍は、中国大陸において討伐や強制連行といった名目のもと、現地の人々に対して非人道的な行為を行ったとされている。なぜ彼らは平然と“蛮行”を重ねることができたのか? 戦時中の生々しい実態を取材したノンフィクション作家・保阪正康さんの著書『昭和陸軍の研究 上』(朝日文庫)より、一部を抜粋。旧日本軍の部隊で中隊長を務め、凄惨な「三光作戦」や強制連行に関わった「中国帰還者連絡会」常任委員の小島隆男の証言を紹介する。(全2回の1回目/2回目に続く) 参謀たちの気まぐれで場所選定…大包囲網で追いこむ「兎狩り作戦」 「兎狩り作戦」とは、40キロ以内の地域を日本軍が大兵団で包囲し、村に入り、青年たちを引きたてて日本に送りこむ作戦だった。太平洋戦争も昭和17年春以後は、物量消耗戦に入る。青年・壮年の労働者は戦力として徴用され、労働力は著しく減少した。 そこで東條内閣は、中国人を労働者として
長官が最後まで拒否…京都が原爆投下候補地から除外された理由 ここで注目すべきは、第2、3回の目標検討委員会で京都が最優先目標(AA)にランクされていたことだ。理由としては「人口百万を有する都市」であり、「かつての首都」であり、「知的中心地」であることなどが挙げられている。 これに対し、ヘンリー・スティムソン陸軍長官は京都を除外するよう強硬に主張した。スティムソン長官は戦前、妻とともに京都を訪れたことがあり、「京都の美しさと宗教的文化、落ち着いた街の風景に感激」し、「京都に原爆を投下したら人類全体の損失になる」というのが反対理由だった。 「千年間朝廷があり、日本が誇る古都である京都に原爆を落とすと、戦後に日本を占領するうえで日本人の協力が得にくい」(米軍公電記録より要旨抜粋、筆者)と戦後の統治も理由に挙げた。その結果、京都が候補地から除外された。新潟も外された。 米軍記録には、新潟は都市の規
6月29日夕刻、黒塗りの車列が皇居に押し寄せた。厳重な警護に囲まれ、トヨタの最高級車「センチュリー」から姿を現したのは高市早苗首相だ。 傍らにいる秘書官やSPと共に颯爽と闊歩していく中、宮殿内のとある一室を前に周囲の随行者は首相の元から一切捌けた。 「鳳凰の間」。高い格式を誇る部屋で高市首相をお出迎えになったのは、天皇ただお1人のみ。侍従長ら側近の立ち会いもない。首相は、直立される天皇とテーブル越しに向き合うと、着席するよう促されて腰を下ろした。 2人だけしかいない凜とした空間。高市首相が手元に持参した内奏書を読み上げると、天皇は静かに耳を傾けられるのだった。 ◇ 戦後81年を迎える8月15日の終戦の日に執り行われた「全国戦没者追悼式」。天皇はお言葉の中で、上皇が2015年から使われ続けた「深い反省」という表現を今年も踏襲し、再び戦争の惨禍が繰り返されないことを願われた。 天皇は先の戦争に
戦争犯罪と闘い続けるICC赤根所長をトランプ政権が制裁対象に指定した。だが、高市首相は抗議の意思を示すこともなく、ただ「大変残念に思っています」と語るのみ。世界中に激震が走る中、己の信念を貫く彼女は――。 ▶︎茂木外相は赤根所長と面会拒否、高市首相SNS中毒の理由 ▶︎トランプ制裁VISAクレカ不可、三菱UFJの口座で ▶︎ICC後輩らが語る素顔 「オランダで手羽先」「自転車乗れない」 ▶︎「たまたま日本人がトップ」官房副長官が吹聴する言い訳 新たな道を切り開いてきた2人の女性が対面を果たしていた。1人は、憲政史上初の女性宰相となった高市早苗首相(65)。もう1人は、日本人として初めて国際刑事裁判所(ICC)のトップに就任した赤根智子所長(70)である。 制裁対象となった赤根所長 今年1月7日、永田町の首相官邸。赤根氏の表敬訪問を受けた首相は、力強い言葉で支援のメッセージを伝えていたはずだ
東京新聞は「卑屈な態度」と批判 どういうことか。まず直近では、アメリカが国際刑事裁判所(ICC)の赤根智子所長を制裁対象に指定したニュースがあった。すると高市首相は、「大変残念に思っている。これからも米国を含む関係国と意思疎通を継続しながら対応していく」と述べた。 このメッセージをどう考えるか。新聞各紙を見てみよう。 読売新聞は、 《米国の圧力の前では、法の支配どころか、自国民の職務継続の権利を守るという決意すら示せないのか。失望を禁じ得ない。》 かなり厳しい。東京新聞は「卑屈な態度」と批判。毎日新聞は「米国におもねるだけの外交の限界」とした。唯一、産経新聞は高市首相の対応を「妥当だ」と評価した。 実は日本政府には「作戦」があったという。昨年、約80カ国が米国によるICC制裁を批判する共同声明を出した際、日本は参加しなかった。 朝日新聞によれば、当時の政府高官は《いま米国を刺激するのは得策
家は石造りの大きなものでしたね。アフリカでは何世帯も一緒に暮らすので、父方の家族も母方の家族も一緒に住んでいたんですよ。だから、家には十数人いたと思います。あと、なぜかはっきり覚えているのが、隣の家が烏骨鶏を飼っていてうるさかったこと(笑)。たまに卵をもらいに行っていた記憶が、なぜか鮮明に残っていますね。 ――なぜ日本に来ることになったのでしょう。 ジェシカ 父が国費留学生として日本の大学で研究をするためです。薬品関係の仕事をしていて、医師や薬剤師として働いていたようなんです。それで父が先に単身で渡日していたんですが、アフリカでは「家族は一緒にいるもの」という考え方があって。弟が生まれて1年後に、私たちも父を追いかけて日本に来たんです。 富山は薬で有名ということで、父は富山県の大学に在籍していました。当初は研究が終わったらコンゴに戻る予定だったので、家族全員わりと「イェーイ!」という感じで
ロシアによるウクライナ侵攻とイスラエルによるパレスチナへの非人道的な攻撃。目まぐるしく国際情勢が変化するなか、この二つの戦争に向き合い、プーチンとネタニヤフに逮捕状を出した国際刑事裁判所(ICC)。ニュルンベルク裁判、東京裁判という二つの軍事法廷裁判にルーツをもち、国際平和秩序を守ろうと奮闘してきた裁判所だが、トランプ米大統領による制裁などによって存続の危機に瀕している。そのトップを務める赤根智子さんが、二つの戦争をはじめ国際紛争に対峙する日々、そして来し方を語る。(前後篇の前篇/後篇に続く) ◆◆◆ 検察庁は女性を歓迎してくれた 1980年、私は大学を卒業して司法修習生になりました。最近は、司法試験に合格する見込みがある段階でさっさと進路を決めて就職に備える人が多いようですが、私のころは修習期間が2年間と、今の倍くらいあり、急いで決める必要はありませんでした。集合修習という司法研修所での
「彼女の父親は、大手クレジットカード会社で出世コースを駆け抜けてきたエリートサラリーマンです。親の職業柄、まさかクレカ犯罪に手を染めるとは、思いもしませんでした」 そう落胆するのは、アルバイト先で盗んだ客のクレジットカードを不正利用したとして警視庁に逮捕された、慶應義塾大学4年の新澤かれん容疑者(22)を知る人物だ。 警視庁赤羽署は8月17日、窃盗と詐欺の疑いで、新澤容疑者を逮捕した。ラルフローレンの帽子を目深にかぶり、顔全体を隠すようにして警察署に移送されたのは、22歳の現役女子大生だった。その犯行の手口について社会部記者が解説する。 新澤かれん容疑者(本人SNSより) 「新澤容疑者は今年4月、東京都渋谷区にあるアルバイト先のスポーツ施設で客のクレジットカードを盗んだうえ、新宿区でそのカードを使って化粧品2個(約1万4000円相当)を購入した疑いが持たれています。新澤容疑者はこの施設で受
米国ニューヨーク州生まれの帰国子女 警視庁赤羽署は8月17日、窃盗と詐欺の疑いで、新澤容疑者を逮捕した。ラルフローレンの帽子を目深にかぶり、顔全体を隠すようにして警察署に移送されたのは、22歳の現役女子大生だった。その犯行の手口について社会部記者が解説する。 「新澤容疑者は今年4月、東京都渋谷区にあるアルバイト先のスポーツ施設で客のクレジットカードを盗んだうえ、新宿区でそのカードを使って化粧品2個(約1万4000円相当)を購入した疑いが持たれています。新澤容疑者はこの施設で受付として勤務しており、マスターキーを使って更衣室のロッカーからクレカを盗んだとみられている。余罪による被害額は総額100万円に上るとされます」 警察の調べに対し、「化粧品が欲しいと思って衝動的にカードを使ってしまった」と供述する一方、クレカについては「更衣室で拾った」と容疑を一部否認している新澤容疑者。どんな人物なのだ
「全然知らなかった」アニメ界では伝説的存在の真崎先生との出会い ――恋池さんが28歳のとき、当時69歳の真崎さんと結婚されたとのことですが、そもそもの出会いは? 恋池りもさん(以下、恋池) 高校卒業後、18歳のときに東京コミュニケーションアート専門学校の漫画コースに入学したんですけど、そこで漫画制作を教えてくれる講師として真崎先生に会ったのが最初です。 ――漫画界、アニメ界では伝説的存在の真崎先生ですが、先生のことはもともとご存知だったんですか? 恋池 それが、私は全然知らなくて。先生はアニメ映画『はだしのゲン』の監督もしているんですけど、それすらも見てなかったんです。 真崎守氏(恋池りもさん提供) 先生の「とにかく描いてみろ」がすごく嬉しかった ――真崎先生の第一印象はどんな感じでしたか。 恋池 坊主頭で雪駄を履いてて、背筋がピンッとした人だなと。 ――リスペクトできる講師という感じで?
──YouTubeでは“黒人ハーフ”の立場を話されることが多いですが、意識としては「日本人」と「黒人ハーフ」どちらが強いんですか? チェルシー 日常会話も思考も日本語だし、日本文化の中で育ってきたので、アイデンティティは完全に日本人ですね。「ハーフ」というキャラはありますけど、日本とアフリカの両方の血を受け継いでいる意識はそこまでないんですよ。 アリシア 私も自意識は100%「日本人」で、それ以外の選択肢は浮かばないんですけど、現実的には街を歩いてると外国人扱いされることがほとんどです。 バスに乗っていただけで高齢女性に「アンタのせいで日本が!!」と怒鳴られたことも ──外国人扱い。 アリシア スタジアムで飲み物を売るバイトをしてた学生の時に、中年男性からいきなり「日本人じゃないヤツから買えねえよ!」と言われたり。 あと今でも忘れられないのは、大学の卒業式に袴を着て和装したんですよ。それで
──アリシアさんも子ども時代は苦しいものでしたか。 アリシア 小学校時代はわりと楽しく過ごしてたんですけど、中学でドーンと落ち込みました。 ──何があったのでしょう。 アリシア 「恋愛」が大きな壁で。中学生になると、友達と恋バナで盛り上がったりしますよね。でも私は「男子が好きな女子」として一度も名前が出ないのが、すごいコンプレックスで。モテてる女子はだいたい「髪がサラサラ、肌が白い、身長ちっちゃめ」なのに、171センチの私は「縮れ毛、肌が茶色、デカい」。 「結局モテるのは白い子で、黒人ハーフの私は最初から圏外じゃん」 ──「モテ女子」の枠から外れていると。 アリシア そうです。「私がモテないのは、黒人ハーフだからだ」と信じて疑いませんでした。黒人ハーフで、癖毛で肌が黒くて身長が高いからだ、と。 親にはかわいがられて育ったし、根本の自己肯定感は低くなかったと思います。でも、恋愛に興味が出てく
幼稚園に入ったころのアリシアさん アリシア 父は仕事でガーナから日本に来て、六本木のクラブでDJをしていた母と知り合ったそうです。今は飲食店などを経営しています。 チェルシー うちの父はナイジェリアで弁護士をやっていたそうです。父が旅行で日本に来たときにフェスで出会ったのがきっかけでした。結婚後に日本に住み始め、その後はALT(外国語指導助手)などをしていました。 「私の中身は100%日本人なのに、見た目が周囲と違いすぎる!」 ──どちらのご両親も日本で結婚して、お2人が生まれたんですね。 チェルシー そうです。日本生まれで幼稚園、小学校、中学校まで地元の公立に通ってました。私もアリシアも父親の国に行ったことがないんですよ。父自身はときどき帰国してましたけど、「女の子は危ないから、小さいうちはナイジェリアは行かない方がいい」と言われていました。 あとは、単純に遠いんですよね。日本からナイジ
年間数百冊の本を購入しながら「10冊も読まない」と語る文学研究者。本棚をいわば「外付けの脳」として機能させ、未読の「積読」を最強の知性ネットワークへと変えるためのまったく新しい読書論。電子書籍では意味をなさない、本は物理的に持つことに意味があるのだ! 「勉強を手に入れたい」。そう願う人の背中を後押しし、着実に階段をのぼるための心構え・道具立てを可能にしてくれるエッセイ連載、第8回目です。 ※本連載は『勉強を手に入れる』と題して書籍化される予定です ◆◆◆ 積読と勉強の深い関係 いわゆる積読については、「罪悪感を覚える必要はない」という励ましをよく見かけます。完全に同意なのですが、今回は積読についての考えを、ここからもう2歩くらい「勉強」のほうに進めてみたいと思います。 わたしは職業柄、年間に数百冊の本を買いますが、そのうち10冊も読みません。そもそも「読む」つもりで買っていないのです。 で
発達障害を“キラキラ”消費したこの10年……マンガ『みい山』論争の炎上で暴露されたメディアと社会の大罪を、信田さよ子『溺れながら生きる』を読んで考えた 信田さよ子『溺れながら生きる 依存とケアのあいだで』を読む
2026年、夏の甲子園に“マドンナ”が降臨した。宮城・仙台育英高校初の女子部員、星よつはマネジャー(17)だ。学生コーチも兼任し、選手と同じユニホーム姿でベンチから声を嗄らす姿に注目が集まる。 「父は仙台育英OBで、巨人、西武でプレーした星孝典氏(44)。現役引退後は西武、楽天でコーチを務め、現在は東北学院大の監督です。よつはさんも父の背中を追って小学2年から野球を始め、小学6年まで男子に混じって主力としてプレーした」(スポーツ紙記者)
「世の中って進歩していくことが大事ですから」。改正皇室典範を巡り、そう述べられた秋篠宮。実は、この言葉を最も体現されているのが、次女・佳子さまだ。かつて母と衝突し、姉の恋愛を応援してきたプリンセスは今――。 ▶︎「皇室を出るには結婚」だった佳子さまの心境に異変 ▶︎外遊前のお忍び調査、滞在先ではホテル反省会 ▶︎紀子さまから継いだ“手話の会”を連続ご欠席の理由 8月13日、パラグアイ公式訪問を前に、赤坂東邸で記者会見に臨まれた秋篠宮ご夫妻。改正皇室典範を巡って女性皇族の役割などについて問われると、秋篠宮は次のように述べられた。 「私は女性・男性の区別はないと考えています」 パラグアイ公式訪問前の記者会見 さらに、「皇族の方々の想いが国民に伝わっていないのではないか」という趣旨の質問には、 「2年くらい前でしょうか。娘たちの話だったか、女性皇族の話だったか、『生身の人間』という話をしました。
私が東京に出張に行った際に、知人男性のMさんが通称「Yナンバー」と呼ばれるナンバープレートをつけた車に乗っていた。 「Yナンバー」という呼び名は、この制度が始まった「横浜」の頭文字をとったことに由来するとされている。米軍関係者は沖縄や横浜に限らず、Yナンバーをつけた車に乗ることになっている。 これは日米地位協定に基づいている。 【日米地位協定 第10条】 1 日本国は、合衆国が合衆国軍隊の構成員及び軍属並びにそれらの家族に対して発給した運転許可証若しくは運転免許証又は軍の運転許可証を、運転者試験又は手数料を課さないで、有効なものとして承認する。 2 合衆国軍隊及び軍属用の公用車両は、それを容易に識別させる明確な番号標又は個別の記号を付けていなければならない。 3 合衆国軍隊の構成員及び軍属並びにそれらの家族の私有車両は、日本国民に適用される条件と同一の条件で取得する日本国の登録番号標を付け
官邸のSNSに投稿された1本の動画。被災地を視察する首相の様子がBGM付で映し出される。だが、それは真の姿なのか。異論を唱える閣僚や官僚を遠ざけ、独善的な政策を強行。美しき演出とは真逆の“裏の顔”に迫る! ▶BGM付き動画を主導したSNS担当官僚の“前科” ▶消費減税エリート財務官僚を左遷、読売主筆とは極秘会談 ▶公約の靖国参拝の見送りは「アメリカが反対するからや」 ▶内閣改造裏金議員の重用、クビ候補4人を名指しする 8月9日――。81年前のこの日、長崎市内に原子爆弾が投下された。 爆心地からおよそ6キロ付近で被爆した長崎原爆被災者協議会の田中重光会長は、終戦から29年を経てようやく国から被爆を認められた。協議会が毎年求めてきたのは、今なお国が被爆を認めない“被爆体験者”への早期対応だ。 田中氏は今回、来県した高市早苗首相らとの面会の場でこう訴えかけた。 「今、国会議員の中で戦争を知らない
高市首相が推し進める食料品の消費減税。だが、三木谷社長はさらなる円安を招く一連のバラマキ政策や、首相の政治姿勢に強い危機感を抱いているという。果たして、苦しさが増す日本経済を再建させる秘策はあるのか――。 高市早苗総理の経済政策やその姿勢に、僕は今、「未来」を感じることができずにいます。 高市総理は「飲み会・会食が苦手」と公言し、夜の会合や面会を極端に控える独自の政治スタイルだと言われていますが、以前はもう少し違っていたと思います。僕の母が高市さんと同じ神戸大学出身ということもあり、過去には交流もありましたが、今はありません。 人に会わずに何をしているかと言えば、公邸で資料ばかり読んでいる、と報じられていますね。でも現場の生の情報を手にしなければ、次の一手も出てこないはずです。それこそ、高市さんが尊敬する安倍晋三元総理は経済人や官僚など様々な分野の人から知見を得て、政策決定をしていました。
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