法案の審議が進むなか、衆議院の議院運営委員会で、宮内庁の緒方禎己よしみ次長が行った答弁は、大きな波紋を呼んだ。 緒方次長は、今回の改正で可能になる旧宮家からの養子は、今上天皇と「36親等から38親等の隔たりがある」と述べたからである。 11の旧宮家はすべて伏見宮家からはじまるもので、北朝第3代の崇光すこう天皇の皇子であった栄仁よしひと親王が初代の当主であった。それが室町時代のことだというのはすでに伝えられてきたが、改めて数字を出されると受ける印象は大きく違う。 「旧宮家とは、天皇家にとってまったくの“赤の他人”ではないか」 そう考えた人たちも少なくないはずだ。それほど天皇家と旧宮家の関係は希薄なのだ。 戦後に役割を終えた「世襲親王家」 ただ、戦後に旧宮家の人々が臣籍降下するまで、旧宮家は天皇家やほかの宮家と婚姻関係をくり返し結んできた。 それも、伏見宮家が桂宮家、有栖川宮家、閑院宮家ととも