日本史における「天下」はどこを指すか 近年、京都および畿内の一地域を歴史的に「天下」と呼ぶのだという説が提出され、今日の歴史学界では有力視されています。 そうなると、「天下人」とは、畿内地域を統一した人物を意味するようになり、私たちが普通、考えるような、「天下を統一した天下人とは日本全国を統一した人物だ」というイメージが様変わりするのです。この定義からすれば、細川政元も、大内義興も三好長慶も、歴代の「天下人」だったということになってしまいます。 これと同時に、実際に「天下布武」を掲げ、全国統一を目指したと考えられてきた織田信長に対する評価も大きく変わってきています。 信長は足利義昭を担ぎ上げ、上洛しました。信長が掲げた「天下布武」は、武力をもって天下を制圧することを意味しますが、この「天下」が京都を中心とした畿内を表すならば、あくまでも信長は他の戦国大名と同様に、畿内を制圧することを目指し