14人が死亡し、6千人以上が負傷したオウム真理教による地下鉄サリン事件。1995年3月20日の朝、通勤時間帯の地下鉄で同時多発的に猛毒の神経ガス「サリン」がまかれ、首都・東京は恐怖と混乱に陥った。オウムは化学兵器による無差別テロをどう実行し、何が起きていたのか。裁判資料などを基に読み解く。 5人の実行役は朝の通勤ラッシュを迎えた地下鉄に散り散りに乗り込んだ。混み合う車内で新聞紙に包んだサリンの液体が入った袋をそろりと床に落とした。 駅に到着する直前、あらかじめ先端を加工して尖らせていたビニール傘を包みに突き刺した。複数回突き刺した実行役もいた。液体は前日に急きょ製造したため不純物が混ざっており、無色透明ではなく、茶褐色に近かった。