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事実解明・真相究明と戦争に関するmsyk710513のブックマーク (7)

  • 赤旗紙 「土人女を集め慰安所開設」/中曽根元首相関与示す資料/高知の団体発表

    中曽根康弘元首相が、戦時中に慰安所設置に積極的に関わっていた資料が防衛省の公開している文書の中から見つかったと、高知市の平和団体が27日、高知市内で発表しました。 明らかにしたのは、高知県内の戦争遺跡の調査や保存に取り組んでいる民間団体「平和資料館・草の家」の岡村正弘館長や馴田正満研究員(63)ら。 今回見つけたのは「海軍航空基地第2設営班資料」。当時の第2施設隊(矢部部隊)工営長の宮地米三氏(海軍技師)の自筆を含めた資料をもとに1962年に防衛省(当時庁)がまとめたものです(26ページ)。第2設営班の主計長が中曽根氏です。 資料には班の編成や装備、活動内容とともにバリクパパン(インドネシア・ボルネオ島)で飛行場整備が終わり、「氣荒くなり日人同志けんか等起る」「主計長の取計で土人女を集め慰安所を開設氣持の緩和に非常に効果ありたり」(原文のママ)と書いています。バリクパパン上陸前の地図と上

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    msyk710513 2011/10/29
    あのナカソネが慰安所設置に能動的に動いた証拠。本人の慰安婦付き否定の嘘発覚。/公文書ってほじくり返してみるものだね。この件で改めて思った。
  • コートジボワール残虐行為/国際刑事裁が捜査承認/国内で真実委発足

    国際刑事裁判所(ICC、ハーグ)は3日、西アフリカ・コートジボワールで昨年末の大統領選挙後に起きた内戦に伴う残虐行為について、検察局の捜査開始を承認したことを明らかにしました。同国では先月28日、内戦による傷痕を修復する目的で、「対話・真実・和解委員会」が発足しています。 同国では02年のバグボ大統領(当時)追放を狙ったクーデター未遂事件後、国が南北に分断されました。昨年、再統一のために行われた大統領選挙の決選投票(11月)後、勝利したワタラ元首相と大統領辞任を拒否するバグボ氏との対立で再び内戦状態に陥りました。 混乱は、ワタラ派軍が4月、バグボ氏を拘束するまで続き、3000人以上が死亡、50万人が国内避難民・難民となりました。隣国リベリア、ガーナには今も数千人の難民が残っています。 委員会は、アパルトヘイト(人種隔離政策)廃止後の南アフリカ共和国の「真実・和解委員会」(1995年設立、委

    msyk710513
    msyk710513 2011/10/06
    内戦の傷修復の為、委員会発足。一方、ICCは捜査承認。真実を知りたい。
  • 社会リポート/沖縄戦の実相/遊撃の秘密部隊だった

    戦争とは、国が何の罪もない国民を虐待することだよ」。かつての沖縄戦で県北部(ヤンバル)を中心に、米軍を背後からかく乱し、住民すらも監視対象にした秘密部隊、「護郷隊」(隊員は14歳から17歳までの少年兵)に所属した元少年兵の実感です。天皇の名の下に出された大営勅令が少年たちを地上戦に駆りだし、若い命を奪いました。(山眞直) 元少年兵は、名護市羽地の男性(83)。「数えで17歳のとき入隊しました。今日一日生き延びたが明日は死ぬのかなという日々でした」 沖縄は捨て石 護郷隊は800~1000人の少年兵で編成され、そのうち160人が戦死しました。 護郷隊は表向きの名で、真の姿は「遊撃隊」。日の敗戦が避けられないもとで、土への米軍の攻撃を少しでも遅らせるために仕掛けられた「捨て石作戦」としての沖縄地上戦。その沖縄戦で敗北、米軍占領下にあっても、背後から米軍をかく乱し、「スパイ容疑」の住民を

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    msyk710513 2011/08/23
    ゲリラ戦の秘密部隊を少年兵として経験した人の証言。他にも住民虐殺やマラリア犠牲にも、中野学校出身者が関与。/今まで語られなかった過去を掘り起こす努力が必要、時間との闘い。
  • きょうの潮流 2011年8月16日(火)

    「8月ジャーナリズム」という言葉があります。毎年8月になると、原爆・戦争を語り継ぐ記事や番組が集中することを揶揄(やゆ)した表現です▼しかし、関係者が次々と亡くなり、多くの記録が証拠隠滅されている中で、戦後66年たってなお新たな事実が発掘されている意味は大きいでしょう。特に驚いたのは、6日放送のNHKスペシャル「原爆投下 活かされなかった極秘情報」です▼軍の参謀部は、原爆投下に向けた米軍の動きを事前に察知していながら、空襲警報すら出さなかった、という衝撃の事実を暴きます。せめて警報が出されていたら、20万人もの人々が、無防備のまま原爆で死ぬことはなかったでしょう。その後、何十年にわたって放射能に苦しめられることも…。悔しさは、筆舌に尽くしがたい▼しかし、見るほどに、この情報隠しの体質は過去のものではない、との思いがつのります。ジャーナリストの諌山修さんも、紙「試写室」で、「福島の原発事

    msyk710513
    msyk710513 2011/08/16
    国・東電の情報隠しに見るように、侵略戦争も原発も、「生命軽視・国策優先の根っこは同じだ」と改めて感じる。
  • 旧日本軍兵士が語った「白陽寺攻撃」/中国人被害者が証言/15家族の地域で13軒焼かれ、5人殺された

    戦中、中国湖北省などで従軍した旧日陸軍第39師団の鹿田正夫さん(92)=島根県浜田市在住=。2005年に「しんぶん赤旗」連載の「元日兵が語る『大東亜戦争』の真相」に登場し、1943年12月の「白陽寺攻撃」について証言しました。そのときは中国人被害の実態は不明でしたが、その後、明治学院大学の張宏波准教授(日中関係史)が現地調査をおこない、事件の輪郭が浮かび上がりました。(尾崎吉彦) 白陽寺は、地元では白雲寺と呼ぶ道教の寺院で、湖北省当陽県(現・当陽市)の山あいの村にありました。攻撃は連隊長の「挺進(ていしん)隊はむろんのこと、従わぬ者は女・子ども構わず殺害し、物資を集め、家屋はすべて焼却すべし」との命令でおこなわれました。 連隊長のいう「挺進隊」は、しばしば日軍の第一線基地を襲撃した軽装備の抗日軍部隊です。日軍は白陽寺が拠点になっているとみて約1000人の兵士を動員し、寺と周辺の集落

    msyk710513
    msyk710513 2011/08/15
    白陽寺攻撃、被害調査で輪郭浮かび上がる。見ると、「三光作戦」と同じ考えだ。/未だに戦争犯罪の事実を否認する者がいる一方で、お詫びをしたいという人もいる。生き残った被害者の思いや如何に。
  • 浜田知明の山西省での従軍体験(3) - Transnational History

    副題:浜田知明が銅版に刻んだ戦時性暴力 『浜田知明の山西省での従軍体験(1) - Transnational History』 『浜田知明の山西省での従軍体験(2) - dj19の日記:』 副題:浜田知明が銅版に刻んだ三光作戦 の続きです。 今日も、初年兵として中国の山西省へ従軍した経験(1940年〜1943年)を持つ浜田知明の作品を通して、銅版に刻まれた戦時性暴力について考えてみたい。 ヒロ画廊/浜田知明/作品 http://www.hirogallery.com/hamada-works-et-jp.html 初年兵哀歌 ぐにゃぐにゃとした太陽がのぼる-1952 これまで戦争や紛争が起こるたびに女性はレイプ、性犯罪といった性暴力被害に遭ってきた。第二次世界大戦後だけでもベトナム、ボスニア・ヘルツェゴビナ、コンゴ、ウガンダ、ダルフール、イラクなど、たくさんの戦場で女性は強姦され、そして殺

    浜田知明の山西省での従軍体験(3) - Transnational History
    msyk710513
    msyk710513 2011/05/27
    無秩序に強姦しまくったのでは無く区別していた事など、知らなかったことがいくつも。戦時性暴力について考えるうえで読んでおきたい。歴史修正主義に改めて怒り。
  • シベリア抑留問題/事実の継承どうする/東京でシンポ

    シベリア抑留者の死亡者氏名解明など、今後の課題を話し合うシンポジウムが25日、東京都千代田区の衆議院第2議員会館内で開かれ、約70人が参加しました。シベリア抑留者支援・記録センター、全国抑留者補償協議会(全抑協)等がよびかけました。 全抑協の平塚光雄会長があいさつしました。会員の平均年齢が88歳と高齢化し、昨年6月に元抑留者らに特別給付金を支給する「戦後強制抑留者特別措置法」(特措法)が成立したことから、全抑協は5月下旬に解散。市民や研究者が25日午前に結成した「シベリア抑留者支援・記録センター」に、戦争を知らない世代への事実継承や、資料整理、政策提言などの課題を引き継ぐことがのべられました。 特別給付金は、6万2277件の受け付けがされ、うち5万6448件が認定された(今年3月末)ことが報告されました。 ロシア国立軍事古文書館が日政府に提供した、約70万枚の元抑留者の登録カードの写しの

    msyk710513
    msyk710513 2011/04/26
    実際に経験した人が生きているうちに、証言を集める等記録をはじめ、引き継ぐべき事を引き継ごう。経験者の苦難、無駄にはさせない。
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