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大阪万博
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さて、五ヶ月くらいお休みしていたのですが、ヴァレリー・ソラナス翻訳シリーズを復活します。こちらの続き。 競争、威信、地位、学校教育、無知、社会経済階級 女に感心されたいという欲望に取り憑かれているにもかかわらず本質的な価値を持っていないので、男性はひどく人工的な社会を作り上げている。この社会のおかげで男性は金、威信、「高い」社会階級、資格、職業的な地位や知識を通して見かけの価値を取り繕うことができる。そして職業的、社会的、経済的、教育的にできるだけ他の男どもを押しのけようとするのだ。 「高等」教育の目的は教えることではなく、できるかぎりたくさんの人々を様々な職業から排除することである。 男性は完全に肉体的で、知識や概念を理解し利用することはできるのに精神的に人と関わることができないので、こうした知識や概念とうまくなじみ、感情をもって把握することができない。男性は知識や概念それ自体をそのまま
本日も昨日の続きです。 お父ちゃまが至高の権力で支配する、社会で一番進歩していないあたりの女性たち―つまり「恵まれた教育ある」中流階級、未開の人間ということだが―はあまりにも徹底的に動物に還元されてしまっているため、この女性たちは労働の苦しみを楽しいと思い、二十世紀の半ばに世界で一番発達した国にいるというのに赤ん坊におっぱいを吸わせながらぶらぶら過ごしている。しかしながら、「センモンカ」どもが女性にママはおうちにいて動物のようにはい回っているべきだと命ずるのは子どものためでは全くなく、お父ちゃまのためである。お父ちゃまがおっぱいにしがみちゅくためだ。お父ちゃまが身代わりに労働の苦しみを楽しみたいのだ(なにしろ半分は死んだも同然の状態なので、まわりに反応するためにはおそろしく強い刺激が必要であるから)。 女性を動物、ママ、男性に還元することは実用のためのみならず心理的にも必要なことだ。男性は
昨日の続き。 良さ、丁寧さ、「尊厳」 すべての男は心の奥底で自分のことを無価値なクズ野郎だと理解している。動物的欲望に押しひしがれてそのことを深く恥じている。自分を表現したがるのではなく、自分のあらゆる身体性、自己中心主義、他人に対する嫌悪と侮蔑を人から隠そうとし、他人が自分に対して感じているのではないかと思われる嫌悪と侮蔑をも自分から隠そうとする。ほんのちょっとした感情や感覚の表れを見ただけでたやすく動転してしまうような未完成の神経系しか持っていないので、男性はどんなわずかな影響にも感覚にも仰天するような主張にも汚されずにいられるよう、完全な盲目を確保するための「社会的」コードを押しつけようとする。形式張った作法に圧倒され、男性は「交接する」「性的接触」「関係する」というような単語を使う(男性にとって性的関係はおまけのようなものだ)。チンパンジーの着るスーツのようなものである。 今回訳し
さて、この間の続き。 ヴァレリー・ソラナス「男性根絶協会マニフェスト」(1) ヴァレリー・ソラナス「男性根絶協会マニフェスト」(2) ヴァレリー・ソラナス「男性根絶協会マニフェスト」(3) つまるところ、女性はペニス羨望など持ってはいない。男性がマンコ羨望を持っているのだ。男性が自らの受動性を受け入れ、自らを女性であると定義し(女性と同様男性も、男性は女性であり女性は男性であると考えている)、服装倒錯者になる時、男性はやりたいという欲望を失い(あるいはそのため他のことをする。ドラァグクイーンとなって満足するなど)、ムスコを切り落としてもらう。そうして男性は「女性であること」で連続的で散漫な性的感覚を達成するのだ。男性にとって、やることは女性になりたいという欲望からの自己防衛である。男性が責任を負うのは 戦争だ。 男性が女性でないことの代償として常々行うことは、つまるところご自分のデカブツを
母も帰北したことだし、今日からちょっとずつ、クリスマス休暇の手すさびにヴァレリー・ソラナスの"SCUM Manifesto"「男性根絶協会(Society for Cutting Up Men)マニフェスト」を訳してみようかなと思う。結構長いので、全部訳せるかわかんないけど… ヴァレリー・ソラナスは60年代に活躍したフェミニストで、アンディ・ウォーホルを暗殺しようとしたことで有名である。「男性根絶協会マニフェスト」は、1968年頃にソラナスが執筆して配り始めたマニフェストで、基本的にはレズビアンセパレーティストの立場から男性の抹殺を主張するものである(?!)。ソラナスによるとこの文章は辛辣な風刺を目的としたもので、別に本人は男性を本気で皆殺しにする気はなかったようだ(ハムレットも芝居の中で結婚している奴を皆殺しにすると宣言していたが、別にしなかったし、そのノリとたいして変わらん)。ただしソ
なんてったって17日からうちに火山灰で飛行機がなくなった帰国難民(+貴重な科学標本22キロ)を匿っているので、ここ数日ツイッターで#ashtag(火山灰情報)とか#getmehome(ETおうち帰る!情報)とか#salonejp(何かと思ったら、ミラノの見本市ハッシュタグが帰れない日本人の連絡用に転用されたんだって)でずいぶん情報を出していた(注:ハッシュタグというのはツイッター上で使用する話題の分類記号のようなもの。ある話題について人と情報交換したいときは決まったタグをつけてつぶやく。タグで検索すると、同じタグで出された情報全部を見ることができる)。 …そしたら、なんとJ-CASTの火山記事が、おそらくタグで検索して見つけたうちのツイートを勝手に転載したらしい。 くだんの記事日本人の「空港難民」1万人 苦難をツイッターで実況 ○ツイッター上では、関係する情報交換が活発 実際、ツイッター上
数日前、東大博物館が作っている仏像データベースの話をツイッターでしたらえらく反響があったのだが、どうもとても良いデータベースなのに全然知られていないらしいので、こちらで紹介。 蓮實重康博士旧蔵美術史資料 …こんな味もそっけもない名前に反して蓮實重康博士のお部屋は結構すごい。重康は蓮實重彦元東大総長の父で、日本美術の研究者だったのだが、資料収集にとても関心があったらしい。写真とかはがきを集めていて、とくに仏像の画像をたくさん持っており、その一部が東大博物館で電子化されている。この仏像写真データベースは結構充実している。 このデータベースは私が学部生の時はまだ完成してなかったのだが、その時聞いた話によると、なんかもう重康時代には旧帝大の先生というのはとても権力があり、この写真コレクションはその権力の賜物らしい。当時の旬の写真家を呼んできてお寺にバンバン入って撮ってもよかったとか…中には土門拳撮
ええっと、なんと29日から始まった池袋ジュンク堂の.reviewブックフェアですが、共感覚コーナーの売れ行きが好調で、なんとハリソンの『共感覚』とシトーウィックの『共感覚者の驚くべき日常』は売り切れてしまったとか…こんなに売れると思ってなかったので、チョイスしたほうもびっくり。こういう棚の配置なので売れやすい箇所を割り当てていただいたという幸運もあるんだけど、それにしてもさっぱり売れないかもと心配していたので驚くべき日常です。 …それで、同じく売れないだろうと思っていたid:nikubetaさんから、「あのポップをどういう感じで作ったのかとか、売れやすくする秘訣があったら教えてくれ」というお願いがきたんだけど、こっちは売れると思っていなかったので秘訣も何も…なんですが、ない頭をしぼって頑張ったことについて書いてみようと思う。 まず、選書について。選書は一応、私が本を選んで作ったポップを全員
最近、英語教育界隈がかまびすしい。 日本の中高の英語教育がマイナスにしかならない件について じゃあ中高の英語教育をどう変えるべきか考えてみる 英語上達の秘訣は発音練習にある …ええ、一応私は英語教育が大学院で副専攻で、去年までは学生室で必死に「こうべー、こうべー」とか怪しい単語を一人で叫んだり、入破音(声門を使って出す音)とかクリック音(チェっとかプォっとかそんな感じの吸着する音)を出そうと四苦八苦して吐きそうになっていたりもするので、多少英語教育論を習ったことがある。あと、半年ロンドンに住んで結構いろいろなことを経験的に身につけたので、「半端な言語学の知識」+「自分の経験」で、とりあえず英語圏で生きていくにはどうしたらよさそうなのか、上のエントリを分析しつつ、とりあえず英語(に限らず外国語)ができるようになるためには絶望が必要だという結論に向かって書いてみようと思う(とりあえずは言語学の
突然だが、最近ちょっといろいろあって、元気を出すためYouTubeで「ギターリフ10選」とかそんなんばっかり聴いていた。それでふと思ったのだが、おそらくそこらじゅうに転がっている「ギターリフ100選」とかは、たいていギターが弾ける人を中心に選んだものである(これとか、あとローリングストーンの「ギターソング100」とか…)。 たぶんギターが弾ける人と弾けない人ではかなりギターリフを聴く時の観点(聴点というべきか)が違うと思われる。弾ける人が選ぶとわりとテクニック中心の評価になるように思うのだが、私はほとんどギターが弾けないもんで(コードくらいはわかるのだが手が小さすぎるのでほとんど弾けない)、どのギターリフが好きかとかいうのは一聴したかっこよさだけが基準になる。そんなわけで、今日はちょっと「ギターを弾かない人による、好きなギターリフ40選」と、「すごいと思うけどあまり好きじゃないギターリフ1
最近、シェイクスピアの『ソネット集』に出てくる「麗しき若者」(Fair Youth)と「黒い女」(Dark Lady)のモデル探しに関する論文をたくさん読んでいるのだが、そこで大変気になることがひとつあるので、今日はそれについて書く。 シェイクスピアの『ソネット集』は、前半は通称「麗しき若者」とか呼ばれている、若く高貴な匿名の独身男性パトロンに捧げられている。あからさまな描写はないのだが、このパトロンの美貌を褒める詩には、庇護者に対するお世辞にしてはあまりにも強烈なただごとでない熱情がこもっているということで、シェイクスピアと匿名のパトロンは同性愛関係にあったという説もある。 後半は「黒い女」という、これまた匿名の既婚女性についてのものなのだが、この黒い女は大変なbitchで、書き手である詩人を猛烈な色香でとりこにした上(このあたりの書き方は前半部分よりも多少あからさまで、泥沼の腐れ縁風に
『ザ・ハングオーバー』を見てきた。 …これ、公開運動が起きてるようなんだけど、まあアメリカでは大ヒットしたし脚本が良くできていることは間違いない…のだが、日本でウケるかっていうと絶対にウケないと思う。そこで、今日はなぜこの映画が日本でウケないのかについて私見を開陳した後、さらにそれに基づいて日本におけるアメリカ映画の公開状況についてまたまた私見を開陳する(?)。 たぶん日本公開はされないだろうから一応ストーリーを書いておくと、三日後に結婚することになっている花婿ダグが親友のフィルとスチュ、新婦の兄貴で超変人のアランをつれてラスヴェガスにバチェラーパーティに出かける。ところが翌朝起きてみたら飲み過ぎで誰も前日のことを覚えておらず、花婿のダグは失踪、トイレにはトラがいて、部屋では誰の子かわからない赤ん坊が寝ており、フィルの腕には病院のタグ、スチュは歯が一本なくなっていて、借りてきたベンツはなぜ
昨日に引き続き、第二弾。今日の部分はいきなり大変下品かつ暴力的になるので、そういうものが嫌いな方は絶対に読まないことをおすすめします。とくにこれから意中の女性に会う予定のあるストレート男性は絶対に読まないほうがいいでしょう。 ヴァレリー・ソラナス「男性根絶協会マニフェスト」(2) まったくもって肉体的存在であるにもかかわらず、男性は種馬業にすら向いていない。第一に、たとえ機械的に熟達することができたとしても(その段階に達する男性はほとんどいないのだが)、男性というものは趣向をこらして色好みなやり方で情を交わすことはできないものだ。しかしながらそのかわりに男性は罪悪感、恥、怖れ、不安といった男性の性質に根ざした感情に蝕まれており、このような感情はきわめて啓蒙的な鍛錬によってのみ最小化されうるものである。第二に、男性が達成する肉体的感覚はほとんどなんでもないようなものである。第三に、男性は相手
えーっ、こんな写真が出回ってて、なかなか面白そうなドラァグクイーンだなと思ったらドラァグクイーンじゃなくていわゆるひとつの「ホンモノの女」といわれるものだった(ホンモノの定義はともかく、一般的に)。それどころかそこらへんのホンモノの女でもなければいわゆる「フォ・クイーン」(faux queen、「ニセ女王」。女のドラァグクイーン)でもなくて、ホンモノの女中のホンモノの女とみなされているらしいミスユニバースジャパンらしい。 過激すぎるミスユニバース日本代表の衣装に、抗議、批判、非難 この人、顔ケバいし化粧濃いし靴のヒールすごいし、フォ・クイーンの素質ありまくりな気がするので、今ならもれなくミスコンなんか出るのやめてこの格好でヴェイパーズの"Turning Japanese"かなんかをリップシンクする練習したほうがいろいろ今後のことを考えると有益なんじゃないかと思うのだが…なんか、このままクエ
昨日の予告どおり、今日はマジカルニグロ(魔術的黒人)について書こうと思う。 マジカルニグロ(Magical Negro)の定義とは、"Double Tongued Dictionary"によると、以下のようなものである。 「とくに白人を尊重していて、脅威がなく奴隷的であると認識され、白人を助ける特殊な能力があると見なされる実在あるいは架空の黒人の人物」 例文も参照 つまり、マジカルニグロは映画や文学なんかに出てくるステレオタイプ的なストックキャラクター(定型的役柄)で、魔術的な力で白人を助ける人の役どころである。既に1998年の『アメリカン・ヒストリーX』の批評などで言及されており、有名になったのはスパイク・リーが2001年にイェール大学で行ったレクチャーらしい。なお、"Numinous Negro"という言い方もあったり、術語としてはあまり一定してないところもあるようだ。 で、マジカルニ
今日、来週のゼミに備えて例のThe Seventeenth Century (Short Oxford History of the British Isles)を読み直してて、"localism"をどう訳すか悩んでいたら、ふと「私はなんで北海道ローカリストになったんだべか」と思った。 で、なんと、すっごく珍しいことに内省的に思考した結果(近代的自我がないもんで普段は内省とかしないのだが)、私がローカリストになったのは、大学院に入って以来、およそ自分より階級が高い殿方とばっかりデートしていたからだという驚愕の結論に達した。日本で「誰それは階級が高い」とか言うと総スカンを食らう気がするし(まず私の両親が怒りそうだ)、私はここ半年くらい、飲みに行くたびに全くの素面かつ超ハイテンションで階級の話をして周りの人から煙たがられているのだが(よく考えると想像を絶する嫌な奴である)、今日はちょっと読者を
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