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敗戦と産経新聞に関するsuzu_hiro_8823のブックマーク (2)

  • 【主張】終戦の日 先人への礼欠かぬ和解を 「譲れぬ価値」再確認する時だ(1/3ページ)

    71回目のこの日を迎えるにあたり、2つの変化があった。 一つは記憶に新しいオバマ米大統領の広島訪問である。大統領と被爆者が抱擁しあう姿は、原爆を落とした国と落とされた国のわだかまりを少なからず解消した。 もう一つは、昨年8月の安倍晋三首相の「70年談話」に連なる外交で、その代表例はいわゆる慰安婦問題をめぐる昨年末の日韓合意である。不正常な両国関係の改善に一定の効果をもたらした。 多難な国際情勢の中で日が生き残る上で、さきの大戦の当事者や関係国との和解、関係強化が欠かせないことは言をまたない。 ≪胸張り御霊に語れるか≫ 2つの変化は、日米同盟や日米韓の枠組みを強固にする肯定的な意味を持とう。だがそのために日の主張、日が譲ってはならない立場が損なわれていないか。 わが国の歴史や国民の名誉をおとしめる余地がもし残っているとすれば、真の和解や問題の解決に結び付くものではない。 国に尊い命をさ

    【主張】終戦の日 先人への礼欠かぬ和解を 「譲れぬ価値」再確認する時だ(1/3ページ)
    suzu_hiro_8823
    suzu_hiro_8823 2016/08/15
    考えてみれば、はじめから恥のつき通しなら、一度や二度の恥などどうと言うことはないと開き直っている状態なんだろね、あなた方は(´ω`)ヤレヤレ
  • 【産経抄】〝偏向〟語り部を制止した校長の悲憤は…(1/2ページ)

    原爆投下から間もない長崎の街に、「75年は生息不可能」の流言が伝わった。爆心地でアリの群れが見つかったのは爆撃から3週間後、ミミズが姿を現したのは1カ月後だったという。かの地で被爆した永井隆博士が『長崎の鐘』に記している。 ▼生命の確かな強さを示す話は半面、人々の口を伝った話の危うさをも暗示している。語り手の記憶や感情、思想信条、ときには嘘という不純物も混じり合い、事実からかけ離れてゆく。いまの日に突きつけられている「歴史」は、必ずしも史実と同義とは言えまい。 ▼原爆の惨禍を伝える「語り部」にも、偏った思想の持ち主がいる。長崎県島原市の中学校長(59)は昨夏、生徒たちに根拠のない旧日軍の「蛮行」を聞かせる語り部(79)を、たまりかねて制止した。資料の不確かなまま、中国韓国の主張に沿う内容だったという。 ▼「被爆体験でもなんでもありませんでした」。校長の悲憤を、8日付の小紙九州・山口版

    【産経抄】〝偏向〟語り部を制止した校長の悲憤は…(1/2ページ)
    suzu_hiro_8823
    suzu_hiro_8823 2015/08/09
    (別口から)とにかく『災厄』が過ぎるまでひたすら低姿勢(悲惨さのみを強調せよ)という従来通り(´ω`)…ここで反省(省みること)をさせようとしないから3Kとかがいつまでもグダグダぼやくのかも解らんな(´ω`)
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