▼文化人類学解放講座教材「人類学者になりすました人たち」 劇作映画の「キャスト(登場人物や主人公)」として人類学者が登場する映画をジャンル別に分類してみてみると、「オカルト、ホラー、ミステリー、カニバリズム、コメディ、ポルノ、モンド」が多く(ラブ・ストーリーはほとんどない)、映画のキーワードは「秘境、猟奇、残酷、恐怖、神秘、謎」などである。 ▼[上] 映画「ゾンビ伝説」(1988年) [下] 映画「デモンズ2001」(2000年) ・ロバート・ワイズ監督「たたり」(1963年) ・ジョー・ダマト監督「アマゾンの腹裂き族」(1977年) ・メルヴィル・ゴーティ監督「マニトゥ」(1978年) ・ルッジェロ・デオダート監督「食人族」(1979年) ・ウンベルト・レンツィ監督「人喰族」(1981年) ・ヴェルナー・ヘルツォーク監督「緑のアリの夢見るところ」(1984年) ・ウェス・クレイヴン監督「
代表者 印東 道子 人類の移動誌:進化的視点から 人類はアフリカ大陸で誕生した後、数十万年をかけてユーラシア、アジア、南北アメリカ、そしてオセアニアへと拡散し、居住を行ってきました。これほど広く地球上に拡散移動した動物はおらず、人類が「ホモ・モビリタス」とも呼ばれる所以です。また、現代社会においても、人類は世界各地で様々な方法や目的で移動を続けています。 ここにご紹介する研究は、このような人類集団の「移動」に着目し、その歴史や移動に伴う様々な文化的現象を、人類学的視点から多角的に解き明かそうとするものです。人類史に関しては、自然人類学や考古学、遺伝学などの研究が多くなされてきましたが、ここではさらに認知考古学、文化人類学、言語学といった諸分野も加え、分野横断的な視点から「人類の移動誌」ともよべるものを構築し、人類移動モデルの提唱も行うことを目的としています。
村の中のテント:マリノフスキーと機能主義 マリノフスキー日記 一人の青年が穏やかな熱帯の夕暮れを眺めている。彼は昨日ニューギニアに到着したばかりだった。死後に公刊され物議をかもすことになる彼の日記の中で、色彩鮮やかに描かれたその光景。 「えも言われぬ日没の美しさ。...静かな入江を縁どる、しなやかなマングローブの枝は、水面やぬれた渚にその姿を映していた。西方の紫色の陽光が、ヤシ林に染み渡り、焼け付いた草地をその輝きで満たし、濃いサファイア色の水面を滑べっていった。実り豊かな仕事と予想外の成功を約束するかのような雰囲気がすべてに漲っていた。」[マリノフスキー 一九八七、三九(原書は一九六七年。引用箇所は邦訳による。ただし訳文には一部変更あり。以下同様。)] 青年の名前はブロニスラフ・マリノフスキー。人類学におけるフィールドワークの価値を確立しその最初のお手本を示した人、機能主義理論の提唱者と
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