「自共対決」が大メディアの見出しに躍る参院選。国政選挙で「自共対決」が語られるのは3回目です。 1960年代半ばから70年代前半、日本共産党が衆参50議席を数えた時期は、いわば第1次自共対決期。69年総選挙で日本共産党は4議席から14議席と初めて2けた議席へ乗せ、同年の都議選で9議席から18議席へ倍増の躍進を遂げました。この時期、自民党の川島正次郎副総裁は「70年代の、自民党の最後の相手は共産党になるだろう」(毎日69年10月20日)と「自共対決」時代の到来をしきりに口にしました。 第2次「自共対決」期は90年代後半から2000年前後です。96年総選挙で日本共産党は15議席から26議席へ、97年7月の東京都議選は13議席から26議席へ倍増。98年参院選は比例票826万票、選挙区7、比例代表8の計15議席の過去最高水準の躍進をしました。 当時、自民党の加藤紘一幹事長は「自共対決の足音が聞こえ