タイトルは、ちょっとわかりにくいかもしれません。下のように置き換えるといいかもしれません。 なぜ「人権派」(あるいは「リベラル」や「フェミニズム」?)の人は「がなり立てている」ようにみえるのか。 この問いに、(短くも)丁寧に答えてみたいと思います。前回の記事に引き続き「親密性コード」が登場しますが、今回は「人格(個人)の尊重」という、親密性コードを裏から支える、より根源的なコードが主役です。ここから話をしないと、上記の問いは上手く解きほぐれないのです。 ▼「個人の尊重」のアナザー・ストーリー近代は、機能分化の時代でありつつも、同時に「個人」の時代です。前近代社会では、身分制のもと、支配者のさじ加減で自由や命が剥奪されました。フランス革命などの近代化を通じて、「基本的人権」が徐々に確立されました。「人間が人間であるというだけで持っている、侵すことのできない権利」ですね。国民から委託されてそれ