1582年6月2日、織田信長は明智光秀の謀反により討たれる。歴史評論家の香原斗志さんは「実際に信長を襲ったのは、光秀ではなくその配下の武将だった可能性が高い。光秀はある目的をもって本能寺の8キロほど南方にいた」という――。 本能寺の変の原因とされる「四国説」とは 明智光秀(要潤)を呼んだ織田信長(小栗旬)は、長宗我部元親(磯部寛之)が四国全土を切り取る(征服する)ことを認めない、と告げた。これに困惑した光秀が、その理由を聞き返すと、信長は「気が変わったのじゃ。うまく説き伏せよ」と言い放った。 この場面が流されたのは、NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」の第25回「変事の予兆」(6月28日放送)の終了直前。サブタイトルの「予兆」はこの場面か、と感じ取った視聴者は多かったのではないだろうか。実際、長宗我部元親の四国制覇を後押ししていた信長の方針変更が、光秀の謀反を呼び起こしたという「四国説」が、本能