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従軍慰安婦に関するmario272のブックマーク (7)

  • あなたはクマラスワミ報告書の内容を信じることができますか? : アゴラ - ライブドアブログ

    1996年、国連人権委員会の特別報告官ラディカ・クマラスワミ女史がまとめ上げ、同委員会に提出されたのが、「女性に対する暴力」付属文書の「戦時における軍の性奴隷制問題に関して、朝鮮民主主義人民共和国、大韓民国及び日への訪問調査に基づく報告書」である。これがわが国において、いわゆる“クマラスワミ報告書”と呼ばれるものだが、現在、ネット上でアジア女性基金による日語版も公開され、読むことができる。 それではその証言とはどのようなものか。証言の項目の冒頭で紹介されているのが、チョン・オクスン(1995年7月当時74歳)のそれであり、以下に引用する。 「私は1920年12月28日、朝鮮半島の北部、咸鏡南道のプンサン郡ファバル村で生まれました。6月のある日、当時13歳だった私は畑で働く両親のために昼を用意するため、村の井戸に水をくみに行きました。そこで日人の守備兵の一人に襲われ、連れて行かれ

    あなたはクマラスワミ報告書の内容を信じることができますか? : アゴラ - ライブドアブログ
  • 朝鮮人は日本人の同胞だった

    まだ野尻美保子氏のように錯覚している人がいるので、うんざりするが確認しておこう。戦前の朝鮮半島は日の領土であり、朝鮮人は日人の同胞だった。したがって中国やアジア太平洋での侵略戦争について、朝鮮人は加害者だったのだ。 志願して戦場に行った24万人の朝鮮人の軍人・軍属は、彼女の思い込んでいるように「給与がもらえる仕事から排除されて軍に志願した」のではない。洪思翊のように、陸大を卒業して中将になった人もいる。朴正煕も陸軍士官学校を卒業して満州国軍少尉に任官し、中尉まで昇進した。 彼らはなぜ、日軍に志願したのだろうか。洪思翊は「今の朝鮮は独立国としてはやっていけない。日と一緒に大きくなり、国力をつけてから独立しよう」と語ったという。朴正煕も同じようなことをいっていた。彼らにとって日はアジアで唯一、西洋の強国に対抗できる力をもつ国であり、あの戦争は「植民地解放戦争」の側面もあったのだ。 戦

    朝鮮人は日本人の同胞だった
  • 日韓に「歴史問題」は存在しない

    慰安婦問題は1993年に終わっているのだが、当時の経緯を知らない人が多いので、くり返しておこう。平野啓一郎氏はこう書いている。 世界から、日軍が慰安所なるものを設置・運営して、深刻な人権蹂躙を行っていたこと自体を非難されてる時に、「いえ、家に押し入ったり銃剣突きつけたりした証拠ないですから!業者使って欺して連れてきただけですから!」と胸を張るのは何なのか?理解力がないのか、人権感覚が狂ってるのか。 — 平野啓一郎 (@hiranok) 2014, 9月 19 これもうんざりする古い嘘だ。「業者使って欺して連れてきただけですから!」などと言っているのは、彼のように理解力も人権感覚もない小説家だけだ。彼の参照している永井和氏のウェブサイトにも、そんなことは書かれていない。彼は吉見氏と一緒に「広義の強制」を宣伝した仲間だが、プロの歴史家なので、平野氏のように妄想を書いてはいない。彼が主張してい

    日韓に「歴史問題」は存在しない
  • 80年代にはすでに従軍慰安婦が女子挺身隊として強制連行されたと報道されていた

    朝日新聞の元記者・植村隆氏が従軍慰安婦問題、特に従軍慰安婦が女子挺身隊として強制連行されたと言う捏造記事を出し、日韓両国に大きな影響を与えたかのような言説を見かける*1のだが、日時に注意すると説得力が無い。植村氏の記事以前に、問題とされる言説は確認できる。当時も今もタイムマシンはまだ発明されていないはずだ。 1. 植村氏の記事の前に誤解は広まっていた 植村隆氏の記事が出たのは、1991年08月11日だ。韓国でもっとも猛威をふるう圧力団体である韓国挺身隊問題対策協議会(挺対協)が設立されたのは、1990年11月16日。読売新聞が用語解説で、女子挺身隊の名の下に従軍慰安婦にされた人がいると記述したのは、1987年08月14日。朝日新聞の松井やより記者が、韓国の新聞の「私は女子挺身隊」と言う連載を読んで元従軍慰安婦の事を知ったと書いたのが、1984年11月2日*2。千田夏光氏が著作「従軍慰安婦」

    80年代にはすでに従軍慰安婦が女子挺身隊として強制連行されたと報道されていた
  • 慰安婦問題は朝日・福島・吉見の共同制作

    訴訟との関係は重要な論点なので、細かいことだが確認しておく。「元従軍慰安婦・金学順さん(手紙 女たちの太平洋戦争)」という1991年12月25日の朝日新聞朝刊の記事で、植村隆記者は、彼女の証言としてこう書いている。 私は満州(現中国東北部)の吉林省の田舎で生まれました。その後、母と私は平壌へ行きました。貧しくて学校は、普通学校(小学校)4年で、やめました。その後は子守をしたりして暮らしていました。 「そこへ行けば金もうけができる」。こんな話を、地区の仕事をしている人に言われました。仕事の中身はいいませんでした。近くの友人と2人、誘いに乗りました。17歳(数え)の春(1939年)でした。 平壌駅から軍人たちと一緒の列車に乗せられ、3日間。北京を経て、小さな集落に連れて行かれました。怖かったけれど、我慢しました。真っ暗い夜でした。私と、友人は将校のような人に、中国人が使っていた空き家の暗い部屋

    慰安婦問題は朝日・福島・吉見の共同制作
  • 朝日新聞、慰安婦問題は「女性の人権」? 嘘つくな : アゴラ - ライブドアブログ

    攻撃準備をするベトナムでの韓国海兵隊1966年(米陸軍軍事史センター資料より) 戦争で女性の被害は頻出する 朝日新聞が慰安婦問題の検証記事を執筆した。自社の誤りを認めたが、「女性の人権が慰安婦問題の質だ」と、記事で説教を始めた。さっそく多くの批判を集めている。逃げの論法であろう。 「女性の権利を守る」のは勝手だが、そんな重い問題を引き受けられるのだろうか。とんでもないことを韓国はしているのだ。 韓国と戦時の性暴力-ベトナムでの蛮行 私は夕刊フジで、各国の戦史文献から「戦争と性犯罪」をまとめる短期連載をした。(第一回「犯罪認めぬ韓国政府・韓国兵とベトナム」) 私は韓国に感情的に反発する極右の人間ではない。しかし連載のため、簡単な文献調査をしたが韓国はとんでもないことを繰り返していた。いくつか拾ってみよう。 「韓国兵は恐れられていた。残忍なやり方で女性をレイプして殺す例が多かった

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  • 従軍慰安婦問題における日本政府の責任

    政府が従軍慰安婦に売春行為を強制したか否かと言う問題で、どうも否定派も肯定派も日政府の責任について誤解をしているように感じる時がある。 70年代後半から俄かに提起された強制徴収の是非に関わらず、日政府の責任はある。慰安所エコシステムを作ったことで、非人道的な行為が促進されたと思われるわけで、それは当時の統治者の責任になるわけだ。 1. 両親が娘を売り飛ばしても、日の責任 実際にあったと思われるケースなのだが、両親が娘を女衒に売り飛ばし*1、女衒が慰安所で娘を働かせた場合を考えて欲しい。当時も人さらいは逮捕されている*2が、このようなケースの大半は取り締まられていたかは分からない。両親も女衒も朝鮮人であったであろうが、旧日軍がそれを黙認していた場合、共同不法行為が成立してしまう。そうでなくても、生きづらい世の中を創った責任がある。 追記(2013/05/24 14:20):「共同

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